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十二国記 黄昏の岸 暁の天

作者:小野不由美/ 原作:/ 67点

■泰麒晩成

 

註)「月の影 影の海」「風の海 迷宮の岸」「東の海神 西の滄海」「風の万里 黎明の空」「図南の翼」を読んでいる前提で、以下の解説を書きます。前作までのネタバレが散在するかと思いますので、未読の方はご注意ください。また、以前の作品を読んでいないと分からないような話もそのまま書きます。気になる方はそちらを先にお読みください。

 

本作品の表面上のテーマは泰国の騒乱である。物語は深手を負った李斎が慶国の門を叩くシーンよりドラマティックに幕を開ける。元々政治的辣腕を振るっていた驍宗は、王になってからも目覚しいスピードで国の体制を立て直していた。しかし、大いなる光の近くには色濃い陰ができがちなものであり、彼は謀反により行方不明となってしまった。同様に泰麒の姿も見えなくなり、危機的状況に追い込まれた李斎は慶王陽子に「覿面の罪」を負わせる危険性を知りながらも、陽子に助けを求めたのだった。

 

物語は、泰麒の探索や驍宗を追い詰めた犯人探しなど、さながらミステリのような構成で進む。

しかしそれとは別に、十二国記6作目となる本作は、物語的に大きな展開を見せる。それは世界に対する疑問だ。これまでにも蓬莱から来た立場である陽子の視点で十二国の世界についての疑問が語られる事はあったし、天命に対する疑問が語られることは多々あった。しかし、今回は李斎という長く十二国に身を置き、王や麒麟を信じてきた者の視点から、「この世の中はいったい何なのだ」という疑問が語られ、そして、それは実際に追求され始める事となる。

本作品中でそれに対する明確な答えは明かされないものの、これまで読者がずっと疑問に思ってきた、十二国の成り立ちの謎がいよいよ明かされようという前兆であろう。....が、しかし、本作以降、短編集こそ出ているものの、本編と呼べる作品はまだ登場していない。なんということだ。

 

しかし、考えてみれば陽子や李斎の疑問はもっとも。神がいるのに世界が非情である事の嘆きは現実世界にもありうることであるがそういうレベルではない。そもそも、根本的に十二国の成り立ちはあまりにも不思議である。地球が丸いという事実すら放棄した、最初から区画区分されたような国の成り立ち。全て植物の種として産まれる生命。王や麒麟の命が永遠である事。どれをとっても「ルール」ありきであり、自然発生した生命が進化した世界には思えない。そのため、「実はゲームの世界であった」などという憶測も流れているぐらいだ。さらに言えば、そういう憶測が流れた、かつ、あたらずとも遠からずだったため、小野不由美が続きをかけなくなったのだという風聞もあるぐらいだ。一番無難なのは明確に答えを出さない事ではあるが、果たして小野不由美がどのように物語を結ぶのか、非常に興味深い。

 

とまぁ、本作品のファンとしては、見逃す事のできない重要な一冊ではあるが、初読の人間にとってはどうか。不幸にも本作を初めて手に取ってしまった人には、おそらく意味が分かるまい。出だしの長い説明。謎の「穢れ」に侵される泰麒の存在。そもそも全体的に意味の分からない世界観。完全に初心者お断りの一冊だと思う。これまでの他の作品はともかく、本作品については「十二国記 6巻 黄昏の岸 暁の天」というように連番を振る義務があるだろう。そんなわけでこの点数とさせていただいた。シリーズとして読んでいる人には全く差し支えないのだけれど。