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十二国記 月の影 影の海(上・下)

作者:小野不由美/ 原作:/ 96点

■おいらには3歩だ

 

「屍鬼」が代表作だといわれがちな小野不由美の真の代表作、「十二国記」の第1作目...的作品。実際にはいろいろとややこしい話があるのだが、ここでは割愛。

 

本作の主人公は陽子という女子高生。角が立たないようにと、友人にも先生にもそして家でまで気を使って生活している、優等生だが覇気の無い少女だ。そんな陽子の元にある日ケイキと自称する謎の金髪の男が現れ、貴方は命を狙われているから守る為に「許す」と言えと迫る。平凡な日常からはじき出された陽子が、別世界に飛ばされ、成長し、自分が狙われた理由を知り、その後の進むべき道筋を決めるまでを描いたのが、本作「月の影 影の海」である。

 

本作は上下巻に分かれているのだが、上巻の中ごろまではその凄さは影を潜めている。しかし、下巻に突入し、後半に達したころには、その壮大なる世界設定に飲み込まれてしまう事になる。以降の続編に入ると中毒になるほどの魅力を感じるのだが、この上下巻だけでもシリーズの凄さを充分に感じる事ができるだろう。

ただし上述の通り、最初は「影を潜めている」せいで、ペースが上がらないのも事実。初読の時には正直、「馬鹿女、早く決断しろよ」とか「嫌な奴だな全く」だとか、「定番ファンタジだなぁ」等とややイライラしていたぐらいだ。ただ、再読してみた今となってみると、なかなかリアルに等身大の女子高生の心理を描いているなと思う。誰だって愛想笑いはしているし、「この世で一番大切なのは世渡りだ」なんて嫌な現実にはうすうす気づいているだろう。

 

本作の魅力はそれら陽子の成長物語と、続々と明らかになる世界観の面白さにある。前者については、裏切りは信じる事の妨げにはならない事や、善意は個人の主義である事など、子供に読ませたくなるような内容がうまく盛り込まれている。それらの会話は普通どうにも説教じみて、こっ恥ずかしいシーンとなってしまうものだが、楽俊という特殊なキャラクタを用いているせいで、すんなりと心に響く。漫画「ぼのぼの」が説教くさくならないのと同じ構造である。

後者についてはなにより思い付きが素晴らしい。普通この手のファンタジには元になるような設定がありがちだが、自分の知る限り類似するような神話や寓話は見当たらない。全くのオリジナルで起こしたにしては非常に良くできていると思う。この手のファンタジが実在感をもって認識されるかどうかは、科学的根拠よりも、その世界の過去や未来が想像できるかどうかにかかっている。本作の場合、歴史がしっかり作りこまれているようで、非常に魅力的な世界となっている。

 

 

日本映画界は海外監督に取られないうちに、実写化の権利を抑えておいたほうが良いだろう。最終巻の出来次第ではロード・オブ・ザ・リングを超える名作品になるはずだ。いや、むしろ海外で映像化したほうが、作品としては幸せなのか...?