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雪と珊瑚と

作者:梨木香歩/ 原作:/ 85点
【送料無料】雪と珊瑚と [ 梨木香歩 ]

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価格:1,575円(税込、送料別)

■リアリティが共感を呼ぶ

 

「雪と珊瑚と」はとある理由でシングルマザーとなった珊瑚という女性が、自分の店を開く話である。また夢物語をと言われそうだが、本編を読むと全く毛色が違うので、早合点せずに一度手にとって欲しい。

 

珊瑚は非常に特殊な家庭に育ち、高校を中退した後、短期間の同棲から特殊なタイプの結婚をし、呆気無く捨てられてしまった。なので年齢の割には人生の辛酸を多く体験してきたわけだが、その分、一般的な知識は乏しい。

娘の雪がもうすぐ1歳になりそうということから、子供を預けて働くことを考えた珊瑚は、たまたま見つけた子供預かりますという看板を見かけ、どう考えても一般家庭にしか見えない家を尋ねる。そこに待っていたのは、子供を預かるのは初めてという、還暦前後の女性だった。不安を感じるも、その独特の人柄に惹かれた珊瑚は、娘を彼女に預けることを決意する。

出産前までずっとパン屋でバイトしていた珊瑚は、副業先として同じ店を選ぶのだが、店主たちは半年で店を閉め、ニュージーランドへ渡るのだという。半年後の仕事探しに頭を悩ます珊瑚だったが、周囲の様々な人間との体験を経て、何と彼女は自分で店を開くことを決意するのである。

 

「毛色が違う」って言ったのに、いつものパターンじゃん!とは言わないでいただきたい。目指す方向性が違うのだ。主人公が店を開くパターンの小説というと、「食堂かたつむり」とか「かもめ食堂」なんかがすぐに頭に浮かぶ。どれも料理が美味しそうで、夢があって、みんなに人気の作品だ。すんなり映画化が実現して、料理本が発売されたり、グッズが発売されたりする勢いである。

ただ、個人的にはこれらの作品に今ひとつハマりきれなくて、冷めた目で見てしまう自分がいる。何でかって言うと、これらの作品って出来過ぎてるのだ。っていうか、歯に衣着せず言うなら、有り得ないのだ。

出来過ぎてるってのは、成功っぷりのこと。最初から貯金があったり、たまたまいい場所をただで借りられたり、思いつきだけで一人で考えたメニューが自動的に人気のお店になる。まぁでもその辺は、主人公に才能があったり、人徳があったりすればありうる話だ。まぁ許せる。

しかし、ありえない設定がどうにも許せない。小説の中で店を開く連中は、仕入原価を考えない。家賃の計算をしてみせない。「作品に登場しないところでちゃんと計算してるんだよ」って言うのかもしれないけど、どう考えても客単価と客の数を考えた時に計算が合わないのだ。

客は「お前らちゃんと生活できてんのか」ってぐらい、頻繁にやって来る固定客ばかりで、毎日同じメニューを注文する。店主は思いついたままに作った数多くのメニューの中の数品を客に出す。家賃、数多いメニューを出せるだけの仕入れの量、原価率、客の回転率などを考えると、どう考えても成り立ち得ない店ばかりなのだ。

 

前置きがめちゃくちゃ長くなったが、本作品はその辺りがぜんぜん違う。個人が店をはじめるにあたって、どんな書類が必要で、どうやってお金を借りるのかなど、リアリティを実現するのに必要な情報が十分に、いや十二分に詰め込まれているのだ。途中でハートフルな小説なのか、「もしドラ」的な経済書なのか、解んなくなりそうになったぐらいだ。

で、このあまりにも経済書っぽい描写はなんなんだろうと、冷静に考えると、これ多分、元旦那や、保母をかってでてくれた女性の人生との対比なんだよね。特に後者の意味合いは強い。

ネタバレ内のようなテーマをしっかり扱いつつ、分かりやすい結末に結び付けずに、良い感じに中途半端なところで物語を切り上げたのも秀逸。この辺りの見切りが文学性を産み出すのだと思うのだ。

 

唯一この作品に文句を付けるとすれば、「料理者の作品なのに、あまり描写が美味しそうじゃない!」って所。なんかね、店を作るきっかけになったテーマにそって、もっと驚くようなメニューが出てくるかとおもいきや、単に野菜が多いだけのオーガニックなメニューになっちゃってる気がして。「疲れたサラリーマンに、健康的なものを」ってコンセプトはわかるけど、疲れたサラリーマンはもっと、唐揚げとかカレーとかガッツリしたものが食べたいんじゃないかなぁ。健康的なら売れると思ったら大間違いだぞ。

 


■余談

うちの奥様が妊娠した際、図書館で「予定日はジミー・ペイジ」をジャケ借りしてきた。見事なタイミングだなぁと思ってたら、出産して直ぐに「ささらさや」をジャケ借りしてきてびっくりしたことがあった。さて、来週からうちの子を保育園にあずけるぞ、とおもってたら、またもや本作品を借りてくるあたり、なんか神がかってるなぁと。ホラー小説や世にも奇妙な物語だと、奥さんが借りてきた本が不倫物で、オチは殺人事件ものを借りてくる、って展開が待ってたりするので要注意である(笑)。