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ルーズヴェルト・ゲーム

作者:池井戸 潤/ 原作:/ 79点

■社会人野球と会社経営の物語

 

ルーズヴェルト・ゲームってのは、物語中盤でも説明される通り、7対8で決まる野球の試合のことである。なんでそんな名前がついているかって言うと、それぐらいボチボチな打撃戦で、7対4とかから逆転して決まるゲームが一番面白いと、かの有名なセオドア・ルーズベルトが言い放った史実に起因するらしい。確かにまぁ、初回で0対1のまま9回表で終わる投手戦よりは、見ている分にはずっと面白いだろう。頑張って練習してるピッチャーには悪いけど。

 

本作品の舞台は、珍しいことに社会人野球である。プロ野球ではない。いわゆる実業団と呼ばれる、企業が持つ野球チームだ。彼らの中にはいろんな選手がいて、社会人になったばかりでプロ野球へのスカウトを待つ、才能溢れる若者もいれば、夢破れて企業に入り、企業のPRとしての野球チームの戦績に貢献するため、必死で戦うロートルも存在する。当然そこには高校野球とは別の、そして同じぐらいに深い人間ドラマが待ち受けているわけだ。

本作品の面白いところは、「成績不振の上、監督と有望な選手をライバル会社に引きぬかれ、気落ちしている所に、新しい考え方を持った若い監督が参入して、チームのカラーが変わって」ってところである!……、ってわけではないです。はい。本当に括弧内のようだったとしたら、まぁ、「もしドラ」のあとで読むのは拷問に近い。いや、物語は本当にそういう展開から始まるのだけど、それがストーリーの主軸ではないのだ。

 

不況によってダメージを受けた会社は、せめて支出を減らそうと、大幅なリストラを計画することになる。貴方がリストラ対象者として肩を叩かれた状況を想像して欲しい。「君は勤務態度が真面目じゃないから」そう言われて肩を叩かれた目に映るのは、仕事を昼前に切り上げて、毎日野球に勤しむ選手たちの姿である。貴方は何を感じるだろうか。きっと殆どの人が「会社の直接的な利益につながらない野球ばっかりやってる連中が首にならずに、俺が首になるのはおかしい」と思うに違いない。

本作品が焦点を当てているのは、会社経営の視点である。会社の支出をいかに減らすか、会社の強みをいかに活かすかなど、物語中盤は企業同士の戦いの物語に終始する。マンガに有りがちな「邪魔者扱いされていた球団が優勝したら、TV出演とかで企業の知名度が一気に上がって、めちゃくちゃ儲かって赤字を脱出する」なんて劇的な展開は訪れない。読者の目の前に展開されるのは、生き残りに命をかける企業人たちの、地味で力強い背中である。

野球大好きな人が野球を期待して読むと、ちょっと物足りない感じもあるのだろうけれど、個人的にはこの温度感は心地よかった。会長や選手たちが、情に訴える安っぽい感動ドラマにしなかった点は香古庵が持ってる。物語の結末も程よく妥当で、やや出来過ぎのきらいこそあれ、うそ臭くない所に着地して安心した。

 

んなわけで、会社を株式会社にしようって人は一度は読んでおいたほうが良いのではないかという、予想外の方向で面白かった作品。サラリーマンが読むのにはちょうどいい作品です。お薦め。