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ささらさや

作者:加納朋子/ 原作:/ 78点
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価格:600円(税込、送料別)

■恨みより心配のほうが深い

 

「ささらさや」はとある理由により佐々良という町に住むことになった、サヤ(莢)という女性を主人公とした物語である。いや、主人公は彼女の夫というべきだろうか。以下、物語の大きな構造についてのネタバレだけど、頭の数ページの事だし、この構造に触れないと物語を全く説明できないので、そのまま書かせて頂きます。一切の先入観なしに読みたいという方は、先に作品を読み進めてから、このレビューをお読みください。

 

物語が始まってすぐ、まだ首も座っていない赤ん坊とサヤとの三人で買い物に出た夫は、買ったばかりの鰹にはしゃいで「たたきには、ニンニクをたっぷりのせてくれよ」という台詞を発した途端、車にはねられて死んでしまう。そりゃぁ、「今際のきわの台詞がコレかよ」と後で嘆くのも無理は無い。

「って、後で嘆くってのはどういう事だよ!」っと気づいた方も多いと思うが、お察しの通り旦那は死んでも死にきれずに、ちょいちょい奥さんの周りに登場することとなる。本作品は映画「ゴースト」的構造の小説である。ただし、本家ゴーストが恋人同士の愛情を描いていたのに対し、本作品が家族愛を描いていている点が大きく異なる。

 

物語はショートストーリーの集まりで構成される。サヤはとても気弱で流されやすくて、でもひたすらに善良な女性である。その気弱な部分が災いして、彼女はびっくりするぐらいに様々な問題に巻き込まれる。その一方でその徹底的な善良さのお陰で、彼女の周りには何だかよく分からない取り巻きがすこしずつ増えていく。どっちかというと漫画にありがちな設定ではあるが、爽やかで毒のない描写のおかげか、抵抗なくすんなり読むことができた。

 

ただね、個人的にはこういう女ってあんまり好きじゃないんだよね。反論すべきタイミングで反論しないなど、やるべき事ができていないせいで、自分の周りに必要以上の災厄を招いてしまうタイプ。それが自分の問題だけで閉じていいれば良いけど、周りの人間にまで影響を及ぼしちゃってるわけで。ドラマとかで見てても加害者より被害者にイライラって事も多いのだ。

そんな感じで弱イライラのまま読み進めて、何だかんだでラストでちょっとうるっと来てしまうのは、この作品の方向性が見事にコントロールされているからだと思う。「ゴースト」との違いはそこなのだな。

 

夫が成仏できないのは恨みや恋愛感情ではなく、純粋に彼女を心配しての事。だから、彼は自分の欲求を満たすために彼女の前に現れることは一度もないし、彼女の周りに男の影がちらついても、それに対してヤキモチを焼いたりすることはない。それどころか彼を轢き殺した犯人に恨みつらみをぶつける事すらしないのだ。

自分にも家族ができたので何となく実感できるが、もし仮に死後の世界なんてものがあったとして、自分に意識が残ったとしたら、恨みだの怒りだのってのは二の次で、ただひたすらに家族のことが心配になると思う。別に格好をつけているわけではない。生きているうちは「自分の命を投げ出して」なんて格好良いことは気軽に言わない主義なのだが、死んでしまってからは家族のこと以外はどうでも良くなるだろうと思うのだ。

サヤの夫は彼女を守る以外の事に興味がなかった。だから「トランジット・パッセンジャー(乗り換えの途中で空港に一時滞在している状態の乗客のこと)」としての立場を貫き、自分が巧く用済みになるよう、調整していたのだ。そのラインが守られていなければ、本作品はチープな漫画テイストに陥ってしまっていただろう。

 

だからこそ、夫の霊目線での本作品に、彼自身の名前が一度も登場しないのだと思う。