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ぼくのキャノン

作者:池上永一/ 原作:/ 83点

■コトブキ!(ハート)

 

「僕のキャノン」は戦時中に設置された巨大なキャノンが丘の上に残る、牧歌的な村に住む、少年・少女たちの一夏の冒険を描いた、気持ちのよい児童文学である……、って、解説を書きたくなるような、表紙とタイトルと書き出しを兼ね備えた本作品は、ちょっと一筋縄ではいかない、なかなか独特のカラーを持つ作品である。

 

物語の冒頭は、上記にうそぶいた通り、児童文学的な描写が続き、とてもすがすがしい作品である。とても活発な少年である雄一に頭脳明晰な博志、お転婆で美人ではないけれど村の中のアイドル的な存在に憧れる少女美奈。彼らは戦争の傷跡に違いないはずの巨大なキャノンの元に集合しては、無邪気な毎日を過ごしている。これはきっと、ちょっとびっくりした秘密を見つけた彼らが、戦時中の厳しい現実を学んで1つ大人になるような展開が待ち構えているんだろうなぁ、と思っていたらとんでもなかった。いや、大筋は外しては居ないのだが、詳細な設定があまりにもぶっ飛んでいるのだ。これは既にリアルな児童文学の枠を超えて、ファンタジーの域に達していると思う。

 

以下、物語全体の設定に触れます。知らずに読んだほうが面白いと思うので、未読の方はブレーキ。

 

物語を読み進めるに従い、読者は様々な奇妙な設定に気づくこととなる。例えば、村民たちはデイゴの花を異常に大事にする。物語の舞台となる村は、沖縄に属し、確かにデイゴはシンボル的な花ではあるものの、その取扱があまりにも極端である。花を折った者がいたら、村から追放するぐらいの勢いなのだ。

他にも、村民たちはキャノンの事を「キャノン様」とたたえ、それは村民全てが信ずる宗教として成り立っている。村は沖縄の小さな村としては破格の、いや、大阪市などに匹敵するほどの経済力を持っており、村人たちは手厚い公共福祉を受けているが、キャノン様に歯向かうような言動があれば、即、食料の受給を立つなどの処分が下される。

極めつけは、ターバンをまとった男衆や、美人の集まりである寿隊の存在で、後者の名前を聞いた瞬間、北朝鮮のニュースが頭をよぎったのは自分だけではないはずだ。

 

さて、これだけ書くと、「なんじゃその非現実的な設定は!」と食指が止まるのではないかと思うが、ちょっと待っていただきたい。この作品はそこまでめちゃくちゃな設定を大量に盛り込みながら、あくまで文学的なカラーを崩さずに書き進められる。一歩間違えば、「八墓村」とか「蜜姫村」とか「屍鬼」のような、「陸の孤島でガラパゴス的進化を遂げた、村人の狂気」を描いた作品になってしまいそうな設定を見事に乗りこなし、あくまで村の不思議と対決する、少年少女の冒険活劇に踏みとどまっているのだ。なかなか見事なバランス感覚であるといえよう。

 

しかもバランスを崩さないというだけではなく、この物語、ちゃんと反戦的な小説としての体をなしている。結局のところ、この奇妙で歪んだ村の形は全て戦争の傷跡に寄るものであり、主人公たちは自分がどんな背景をへて今ここにいるのかを学ぶこととなる。程度の違いこそあれ、我々の世代が祖父母、曾祖父母の世代からいかに今の豊かな時代を贈られたのかという事実に、目を向けざるを得ない。

 

以下、ネタバレ。

 

そんなわけで、単なるワクワクドキドキのファンタジーとしても、少年少女向けの児童文学としても良くできた作品。ちょっと時期を過ぎてしまったが、夏休みの読書感想文にぴったりな作品だと思う。