予定日はジミー・ペイジ
作者:角田光代/ 原作:/ 80点
■いい時期に出会ってしまった
うちの奥様は妊娠6ヶ月目。少し歩いたりしたほうが良い時期だったので、1.5kmほど離れた体育館までウォーキングのついでに隣接する図書館で本を借りてきた。で、内容は一切見ずに、角田光代の作品の中から表紙の印象だけで選んで借りてきたのが本作品である。とまぁ、そんな偶然で借りてきた本の内用がまさかこれとは。無神論者のbaristaでも、神がかり的な何かを感じてしまわなくも無い一瞬である。
本作品は主人公が、たまたま妊娠し、戸惑いながら妊婦生活を送るお話である。主人公は別に未婚の母でもなんでもない。旦那さんもきわめて人が良く、怒号も大喧嘩も起こらない。そんなドラマティックな展開とは無縁の、いたって普通の奥様が、普通に妊婦さんになった感想をつづっただけの作品である。
以下、作品の流れについて触れるため、一応ネタバレ内に書きます。いや、ネタバレ云々と言うスタイルの作品ではないのだけれど。
ネタバレ1
本作品のキーとなっている設定は、主人公の女性が特に子供を欲しいと思っていなかった、という点である。妊娠がわかった際に病院で「これって喜ぶ事なんですか」と聞くようなレベル。旦那が子供っぽく両手を挙げて喜んでいても、喜びが沸いてこない自分を隠そうともしない。だからと言って、「子供なんていらない!」というわけでもない所がポイントである。
この設定のおかげで、本作品は妊婦の正直な心や、大喜びする夫婦を外から冷静に見た光景などを、非常に平坦に、色眼鏡をかけない視点で描写する事に成功している。
子供ができたら、両手を挙げて喜ばなければならない。全ては幸福。子供のためならなんでもする。ママトモ達でニコニコ笑いながら、赤ちゃんのための「儀式」を行う。そういった、日常から考えればおかしいけど、妊婦さんの口からは言いがたい事を、主人公の女性がどんどん暴き出していくのが心地よい。
一方で、それらを丸々否定しているわけでは無い点が本作品の素敵な所。実感の無い人がいかに実感を持っていくのか、苦労や不安を乗り越え、子供という存在をいかに丸ごと受け止めるのか。主人公の心の移り変わりを読んでいるうちに、自分まで幸せな妊婦になった気分を味わう事ができる。男でそうなのだから、女性ならもっと共感がもてるだろう。
実際に妊婦の奥様を抱えているからこそ思うのだが、物語の主人公が感じたような疑問や不満を抱えこんでしまうのは危険だ思うのだ。うちは二人とも子供が欲しくて作ったし、子供が生まれてくるのを非常に楽しみにしている。だから、物語の主人公のような苦労は全くなかった。でもだからといって、妊娠による不満や子供が出来ると我慢しなきゃいけないことへの不満まで、押し殺してはいけないと思うのだ。そういった抑圧は人として不自然だし、むしろ妊婦さんや旦那さんのストレス源となってしまうだろう。不満があることと、それを越える喜びがあることは別問題なのだ。
とまあ、妊婦の奥様がよくぞこの本をたまたま選んできたなあと言う、完璧な選出。子供を作る事に不安を抱えている人。妊婦だけど子供が生まれてくることに実感が持てない人。あるいは自分が生まれたことに感謝してみたい人にも。万人にお勧めできる素敵な作品です。物語冒頭に予感するような不幸な展開は一切無いので安心。胎教に良いので妊婦さんはぜひ。
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