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木暮荘物語

作者:三浦しをん/ 原作:/ 82点
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■よくある連作作品のようでいてそうでない

 

木暮荘物語は「木暮荘」というとても古いアパートの住人、及びその周辺の人々の姿を描いた作品だ。それぞれの章には別の主人公が割り当てられており、各章の脇役が順に次の物語の主人公になることで、最初は気づかなかった意外な真実が見えてくるという、『阪急電車』や、『どこから行っても遠い街』みたいなタイプの作品である。

舞台が凄くみすぼらしいアパートだったり、第1作目の主人公たちが、有川浩作品っぽかったりすることもあり、ほのぼのとした牧歌的作品になりそうな気配を漂わせるのだが、その予想を裏切ってちょっと過激な物語を連発してくれる、意外な短篇集である。大まかに分ければ様々な恋愛を描いた作品なのだろうけど、多分本作の狙いはそこにはない。

 

【シンプリーヘブン】

一番わかり易い三角関係物。これは本当に有川浩の「植物図鑑」に似ている。とても読みやすくて一番スタンダードな物語だけど、本短編集の中ではテーマの薄い作品。ただ、程度の違いこそあれ「待っててくれると思ってた」って誤解は、若い頃は犯しがち。「普通」を身に付けるには経験が必要だと思う。

 

【心身】

木暮荘の大家の爺さんが主人公の話。大家の爺さんは何故かこの古いアパートに一人暮らししている。そのきっかけは、唯一親友と呼べる男の死なのだが、直接的な理由はもったいないのでネタバレ内へ。

 

【柱の実り】

大家の爺さんの犬を洗って上げた、トリマーのお姉さんの話。ホラーというかファンタジーというか、そういう非現実的なアプローチが登場する。設定も含めてありえない物語ではあるのだけれど、脳内で映像化するとなんだか美しくて憎めない物語だ。

 

【黒い飲み物】

旦那が喫茶店を、その片隅で妻が花屋を営む夫婦の物語。二人は子供を持たないまま、仲良く暮らしてきたが、ある日突然、妻には夫の入れるコーヒーが泥の味に感じるようになってしまった。正直ネタバレしなくても設定を読めば直ぐにすべての展開がわかる物語。結構印象は薄かったかも。

 

【穴】

「心身」で大家さんが助けてもらった、ちょっとケバい女子大生の斜め上の階に住むサラリーマンの話。って説明と穴ってタイトルで物語の内容はすぐに分かると思う。ちょっと都合の良すぎるラストだが、ラストの結末の都合の良さが女子大生の抱える深い闇を感じさせる構造が中々良い。

 

【ピース】

そのケバい女子大生を主人公とした話。彼女が何故今の姿なのかが全て明らかになる。動物としての幸せを語るときに必ず問題となるテーマが本作品で扱われる。「心身」や「黒い飲み物」を受ける作品。ラストはとても悲しい。そしてこんなシチュエーションは無くとも、同じ運命で悲しい思いをしている人は本当にたくさんいるはずなのだ。

 

【嘘の味】

シンプリーヘヴンの彼と、黒い飲み物の謎の女が登場する物語。これは単行本となる際に、書き下ろされた物語であり、要はオマケである。そのせいか都合の良すぎる展開で蛇足なように感じなくもない。でもまぁ、優しい嘘と、それを見破って気づかないフリをするってなお洒落な台詞回しは嫌いじゃない。それに、この物語のお陰で、読者は本作品の重さを忘れた状態で読了することができる。そういうデザート的な作品だと思う。