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どこから行っても遠い町

作者:川上弘美/ 原作:/ 66点
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■人生色々

 

「どこから行っても遠い町」は川上弘美による短篇集...っぽく見える長編作品である。とある若干寂れた町に住むある人間の事について数十ページ描写。それをひたすら何十章も積み上げることで一冊の作品を作り上げている。

こういう説明を書くと、辻村深月のように様々な登場人物の話が複雑にリンクし、最後にすごいことが明らかになるかのように思えるが、別にそういう構造ではない。いや、確かに多少明らかになることもあるのだが、この作品においてそれは究極の目的ではない。

 

本作品の良いところはその他大勢を理解できるところだろう。例えば僕は僕が世界の中心だと思っている。とか軽々しく口にすると馬鹿扱いされるので補足しておくと、僕にとっては僕が世界の中心だと思っている。奥さんにとっては奥さんが世界の中心だし、息子にとっては息子が世界の中心なはずだ。当然うちの猫にとっては彼が世界の中心だろう。つまり、全ての人において、他人というのはよっぽど近しい人間でない限り、単なる背景にすぎない「その他大勢」なのである。

本当は産まれてから50年間、いろんな出会いや別れや挫折や苦労を繰り返してきた、涙なしでは語れないような人生を送ってきた女性であったとしても、買い物客から見ればタダの「レジのオバサン」である。買い物客からすれば記号化されたレジのオバサン以外の何の価値も持たないのだ。

同様に、本作品の登場人物たちも、お互いの顔は見たことがあるし人づてに名前ぐらいは知っていることもある。離婚したらしいよ、ぐらいの噂だって知っていることもある。けれどもお互いは完全な他人であり、互いにその他大勢にすぎない。

 

本作品はそのその他大勢の人生を順に描いていくことで、世界の中心を点から線に線から面に広げていくという壮大なる実験を試みているようだ。互いの物語は顔見知り程度にしかかかわらず、他人の物語で誰かの物語の謎が解き明かされるなどというような劇的な展開はない。にも関わらず、読者はこの物語を読み終わると、彼らがその他大勢ではなく、それぞれの世界の中心なのだということを理解することとなる。

このことを一番簡単に検証するのは、再読してみる事だろう。本作品を読み終わったら、もう一度頭から読み返してみるといい。単なる会話に登場しただけの脇役のイメージが一回目の時とは全く変わってしまっていることが認識できるはずだ。

 

...ただ、自分はこの本を二度も読むほどには愛せない。結構面白かったけど一回で十分かな。