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マリアビートル

作者:伊坂幸太郎/ 原作:/ 92点
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価格:1,680円(税込、送料別)

■東北新幹線内を舞台とした知略戦

 

マリア・ビートルは伊坂ファンにはお馴染みの「章ごとに主人公が変わる」スタイルの、アクション作品だ。今回は特にこの構造がストーリーとバッチリハマっていて非常に面白かった。倫理的に素晴らしくなければ面白い作品とは呼べない、ってな狭量な人には向かないが、単純にストーリー展開を楽しみたい時に読むにはピッタリの軽快なアクション作品である。

例によっていつもの注意書きを書いておくと、なるべくネタバレ無しのレビューを書きますが、何の先入観もなしで読んだほうが楽しいので、未読の方はまずは本屋さんへどうぞ。若干構造を知ってから読みたいという方、既に読み終わったという方はこのままレビューにお付き合い下さい。

 

本作品にはちょと謎めいた渾名のついた主人公たちが多数登場する。面白いのは、この妙な渾名の持ち主たちの多くが、いわゆる「殺し屋」であるという点だ。彼らはそれぞれの目的で東北新幹線に乗り込み、それぞれの任務の遂行を目指す。ところが他の殺し屋たちも同所的に存在するせいで、それぞれの利害関係が絡みあい、どれもこれも巧くいかない。結果として彼らは目的遂行のために邪魔者を排除すべく動き出し、彼らの駆け引きを楽しむのがこの物語の醍醐味なわけだ。

前述のとおり、「主人公が切り替わる」スタイルがこの展開に非常に巧くマッチしている。通常どおり主人公視点が固定している場合、それ以外の人間が物語において雑魚扱いな事が早期にバレてしまう。また、結末も主人公が死ぬか、主人公が全員倒すかのどちらかに近い所に着地することが予想されてしまう。

ところが主人公視点がコロコロ変わるお陰で、読者は誰が生き残るのかが予測しづらい。もちろん、大体の予測はつくのだが、それでもやはり仮定する可能性の幅が全然違っていると思う。この誰が勝ち残るのかという騙し合いをルパンと銭形の騙し合いを見るような気分で楽しむのがこの物語の醍醐味となる。

また、それが新幹線という閉じられた空間内で繰り広げられている点が抜群に面白い。

 

この作品を読んで非常に上手いなぁと感じたのが「絶対的悪役」の存在である。物語には「模倣犯」におけるスマイルの如き、完全なる悪役が登場する。この「悪役」は主要人物の中では珍しく殺し屋ではない。にもかかわらず、圧倒的にムカツク奴で、読者は気がつくと「誰かこいつをやっつけてくれ!」と感じるようにできている。

この悪役の存在こそが「主人公たちがほぼ全員殺し屋」という作品であるにもかかわらず感情移入しながら読みやすくするための緩衝材なのだと思う。この工夫の存在が北野武の映画「アウトレイジ」と本作品を決定的に別物にしている。アウトレイジは万人に勧める気にならないが、本作品はお勧めできるのだ。

よくよく考えたらアニメのルパン三世だって全く同じ構造である。本来だったら泥棒というのは許されない職業である。泥棒を主人公にしているにもかかわらず、より悪どい悪役を頻繁に登場させることにより、「殺し」はやらないルパンがちょっと良い人に見える。結果として鮮やかな盗みテクニックの「爽快感」だけが視聴者の記憶に残るのだ。

 

また個人的には本作品の登場人物がめちゃくちゃ魅力的で好みだった。運の悪い男はもう、最初からぞっこんになるぐらい面白かったし、蜜柑と檸檬の会話は最高に楽しかった。この作品中でこの二人が一番好きだったかも。とにかく面白い作品なので、ぜひ読んでいただきたい。特にキャラ読みが好きな人、軽快な会話のキャッチボールが好きな人、ストーリー読みが好きな人にはバッチリハマると思う。

 

あと余談だけど、読後にきかんしゃトーマスが見たくなった。物凄く。