左岸作者:江國香織/ 原作:/ 74点
■良くも悪くも江國香織らしくない
10年ぐらい前に江國香織にどっぷりと嵌った事がある。当時文庫化されていた作品はほぼ全部購入して、読み漁ったものだ。初期の作風は非常にわかりやすくて、基本的には、何の変哲もない妻など20代後半から30代中頃の女性が主人公で、日常のなんでもない幸せの再認識だとか、そういった内容が多かった。個人的には短編集が大好きで、詩を読むかのように、何度も再読したものである。 ところが、ある頃から彼女の作品にあまり手を出さなくなってしまった。きっかけは多分「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」だったと思う。様々な立場の女性の様々な恋愛を描いた作品であり、文壇における評価も高かったのだが、個人的には「単なる生々しい不倫小説」程度にしか思えなくて、あまり共感する事ができなかったのだ。
さて、久しぶりに読んでみた本作品はと言うと、これまたビックリするほど作風が変わってしまった。江国作品としては異例なまでの、あまりに衝撃的な不幸の連続。登場人物の想像の枠を超えてしまった、一種非科学的な「出来事」たちの数々。重松清や村上春樹が乗り移ったのかと言うぐらいである。
物語は主人公がまだ本当に幼いころの話から始まる。彼女はちょっと独特の感性を持っており、基本的にはブラコンである。なお、兄は幼くして「超越した」人格を持っている。あまりの聡明さに「模倣犯」のスマイルや「白夜行」の雪穂のような一種の不気味さを感じたぐらいである。
さて、ここから物語はとんでもない方向へ加速する。 以下、ネタバレ注意 ネタバレ内に書いたような事件をきっかけに、少女の人生は登ったり下ったりをジェットコースターのように繰り返す。そして少女は女性となり、物語終盤には、明確には書かれていないものの40代半ばとなってしまう。その間の彼女の人生にかかわる事は、全て驚くべき密度で描写され続け、ダンスへの情熱の話があるかと思えば、とある芸術家の生き方が長々と描かれ....と読者は「この小説は何を語ろうとし、今読んでいるのが何の前フリなのか」が読み取れず、困惑させられる事になるだろう。
これはある波乱万丈な女性の半生を描いた、非常にリアルな半生記なのである。とてつもない悲劇ととてつもない努力。判断ミスと反省。繰り返される喜びと悲しみ。物語にはハッピーエンドもバットエンドも訪れない。ラストシーンはただ、ひと段落ついた、それだけである。静かなラストシーンを迎えた時、読者の中には怒涛のような女性の人生を自分が経験したかのような、膨大な喜びと悲しみの記憶や、ため息をつきたくなるほどの疲れや後悔がみっしりと詰め込まれるはずだ。
それぞれの描写の密度は辻仁成のようだし、全体としてながれる雰囲気は村上春樹のようでもある。ただ確かなのは、「ねじまき鳥クロニクル」等と同様、読後に読者は作品世界から解放してもらえないと言う事だ。この、読後に読者を解放してくれないところこそが、本作品の凄い所であり、同時に本作品のしんどい所でもある。
そんなわけで、本作品を読む江国ファンはちょっと覚悟して欲しいのだ。初期の甘酸っぱいライトなテイストを想像して手に取ると、あまりの違いに困惑する事、請け合いである。逆に、重松清や辻仁成なんかを読みなれた人なら、すんなり読めるのかもしれないが、読み終わってもゴールは見えない。
...ってのが、本作「単体」での感想である。いい加減読み進めてから気づいたのだが、この作品、辻仁成の「右岸」という作品とのコラボ作品なのだそうな。そりゃ辻作品に作風が似てて当然だわ。彼らは以前にも「冷静と情熱の間」で「rosso」と「blu」という、男女視点から見たコラボ作を仕上げている。どうやら今回の作品も、辻氏が作中の登場人物「九」の視点から「右岸」を書いているようであり、そちらを読まないことには、本作の正当な評価は下せなさそうだ。
...けどね、単品でも読めないようでは作品として駄目なので、これの点数はこのままにしておきます。両方読んだら、合作としての感想を新たに書けば良しと言う事で。
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