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チョコレート・ファイター

監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ/ 原作:/ 92点

■ジャッキー・チェンの動きを持つ蒼井優??

 

チョコレート・ファイターは「トム・ヤム・クン」でアクション映画ファンの心をわしづかみにしたプラッチャヤー・ピンゲーオ監督による、本格アクション作品である。これまでの作品と大きく違う所は、主人公が女性であるという点。ちょうど同時期にハイキック・ガール!が公開され、両方期待して待っていたのだが、軍配はこちらに上がった。

 

注:以下、作品の性質上、差別用語等が登場する可能性がありますが、ご了承ください。目に余るようでしたら、メールにてご指摘下さい。差別的にならない用語と差し替えます。

 

本作品の主人公ゼンは、サヴァン症候群患者である。サヴァン症候群とはいわゆる知的障害者の1ジャンルだと思ってよい。知的障害を持つ一方で、あるジャンルに特化し、天才的な能力を持つような者に対して使う言葉だ。例えば、見たものを瞬間に記憶し、10秒見ただけで写真であるかのような精密な絵を描く、など様々な能力がある。健常者なら情報を取捨選択し、不要な部分を忘れる機能が備わっているのに対し、忘れる能力に欠けているのが原因ではないか、などといわれているが、定かではない。西尾維新ファンなら玖渚が「青色サヴァン」と呼ばれていたので聞き覚えがあるだろう。

主人公のゼンはそのような症状を持つがゆえに、タイでメジャなスポーツであるムエタイの動きなどを見ているだけで全て覚えてしまった。そればかりか、テレビでみる格闘の動きや対戦相手の動きまで覚え、気づけば格闘の天才になっていたのだ。

 

このゼンの動きが圧倒的に凄い。番組前半には重い映像が多く心が痛むが、番組後半は怒涛の格闘シーンに大興奮する事になる。上記のような設定であるがゆえに、トニー・ジャーばりのムエタイをはじめ、ブルース・リーのようなジークンドウの動きや、ジャッキー・チェンのような舞台装置を生かしたカンフー、カポエラのような動きから棒術や剣術にいたるまで、ありとあらゆるスタイルでの格闘を、これでもかというぐらいの長時間に渡り見せ付けてくれるのだ。しかもスタント・ワイヤー・CG、早回し無しで。

個人的にお気に入りだったのは、チック症のカポエラ使いとの闘い。前田氏が「あまり生かされていない」と語っていた「コピー忍者設定」が存分に生かされており、展開的にも映像的にも超絶格好いい。

先ほど比較したハイキック・ガールも、当サイトでは低い評価をつけたものの試みは素晴らしくて、あんな可愛らしい女子を主役に据えながら、スタント無しで「当てる」格闘をやっているのだが、本作のスタントはまた別物。道具や建造物などを利用した格闘が多いため、ぶつける、落ちるなどの危険度が高すぎる。良くあれで怪我をしないなと思いきや、エンディングのメイキングシーンでは怪我人続出で、救急搬送される役者まで出る始末。

そんな危険なスタントを自分でこなした主人公は、ジージャー・ヤーニンという、細身で日本人のような顔をした色白の女の子である。それが、超絶の格闘を見せる。蒼井優がジャッキー・チェンと同じ動きをしている所を想像してほしい。それがジージャー・ヤーニンという女優である。

どれぐらい見た目と動きにギャップがあるかを説明しよう。物語はゼンが生まれる前から始まる。で、幼児期を過ぎ、少女時代を迎えて、いよいよこの後、大活躍するゼン役の女優が登場するのか...と期待していたら、違ったのだ。なんと、少女時代役だとばかり思っていたのが、本作品で究極のアクションを見せるゼン役のジージャーだったのだ。それぐらいに華奢で童顔な少女なのである。(映画のパッケージより映像中の彼女のほうが可愛い)

 

さて、ではこの凄まじい運動性能がどうやって生まれたのかというと、そのエピソードがまた凄い。元々彼女は11歳からテコンドーを習い、14歳にしてインストラクターとなり、最終的には国の強化選手にまで選ばれたのだという。で、高3のときに、7人のマッハ!!!!!!!のオーディションを受けたのだが、もったいないからと、ちょい役で「7人のマッハ」に出す事はあえてせず、ピンゲーオ監督が大切に育てたのだというのだ。

この映画の撮影開始まで、なんと4年間もトレーニングをさせ、撮影には2年をかけたというから凄い。そこまで費用も情熱もかけているのだから、他のアクション映画がかなうわけがないのだ。

ちなみに、ジージャーは愛称であり、本名はヤーニン・ウィサミタナンという。タイ人の本来の名前はウィサミタナンのように非常に長く発音が難しい。かわりにみんな1つだけ固定の愛称をもっていて、友達も親も先生もみんながその愛称で呼ぶのが普通だという。しかもタイ人に「誰が決めるの?」と聞いた所、いつの間にか決まるものであり、特に親などが名づけるわけでもないのだとか。なかなか面白い習慣である。

 

閑話休題。アクションの事ばかり書いたが、脚本も悪くない。これまでのタイ映画とは異なり、ちゃんとしたストーリーや設定があり、全体的に暗いのが難点だが、物語もそれなりに楽しむことが出来るようになっている。そもそもこの「サヴァン症候群」という設定も、リアリティにこだわる監督が「あんなやせた『普通の』女の子が、大人の男をガンガン倒してはリアリティがないから」という理由で、『普通じゃない』女の子にするための手段として思いついたのだとか。

その設定のきわどさのせいで、「差別」アレルギー気味の日本ではあまり大々的にブーム化しなかったが、明らかにアクション映画の歴史に大きな記念碑を打ち立てた名作。アクション好きなら見ずに死ねない、究極の作品の1つだと思う。しのごの言わずに見るべし。