ブラック・スワン
監督:ダーレン・アロノフスキー/ 原作:/ 80点
■美しきサイコホラー
ブラック・スワンはナタリー・ポートマン主演のバレエ映画である。ナタリー・ポートマンと言えば、名作映画れおんの主演女優であり、あの年齢にして既に完成形といえるほどの大女優である。しかし、その後の活躍はと言うと、僕が知らないだけかも知らないが、どうにも振るわなかったように思う。マーズアタックにちょっぴり登場したり、スターウォーズで謎のカツラコスプレで登場したりと、なんだかファンとしては物足りない扱いだったように思う。ひょっとすると沢口靖子とかと同じでキャラクタが濃すぎて、役を割り当て難いのかもしれない。
しかし本作品は彼女にとっては当たり役だったようで、その凄まじい演技力は鳥肌モノだった。恐怖におののく顔から、イカレタ目の笑顔への、表情のグラデーションはちょっと他の女優には真似できないと思う。
本作品の主人公のニナはバレエダンサーである。主人公の母も元々バレエダンサーだったが、主人公を身ごもったことで現役を離れてしまった。(最近どこかで観た設定だな...)結果として彼女が諦めた夢を全て娘に投影することとなり、典型的なステージママとなっている。
母親が全てを娘にかけているせいで、娘である主人公は異常なまでに真面目でストイックで、互いに子離れ・親離れができていない。帰宅時間、就寝時間にまで口を出され、部屋には10歳の子供のようにぬいぐるみがいっぱいである。
彼女の所属するバレエチームの主催者は、白鳥の湖という演目において、これまで長く女王として君臨させてきたダンサーを外し、新しい演出を試みることにした。主人公は実力的には候補の筆頭であったものの、純粋なホワイト・スワンだけではなく、邪悪で妖艶なブラック・スワンという二面性を求められる演目であったがゆえに、主催者はヴェロニカを選ぼうとする。しかし、自分に主役をやらせて欲しいと抗議に向かった際の、ニナのある行動に、もう一つの顔を見出した主催者は、彼女を主役に抜擢する。果たして彼女は見事にその難しい役を演じ切ることができるのか、というのが本作品のストーリー的構造である。
以下、ネタバレ
ネタバレ1
さて、これまでの説明を読む限りは、バレエという競技を題材とした、ある意味スポ根作品に見える。しかし、物語はこの辺りから大きく色を変える。主人公はリリーと夜の街に繰り出す。彼女はそこで薬物に手を出し、行きずりの男と関係を持つ。その後、ヴェロニカを自分に部屋に連れ帰り、レズ行為に勤しんだ…とニナは記憶していたのだが、リリーに尋ねると、彼女はニナとは街で別れ、男と一夜を共にしたという。
以降彼女には、たびたび幻覚症状が現れる。いよいよ公開初日となる前日には、彼女の背中から黒い羽が生え、膝が鳥のように逆向きに曲がってしまう、という幻覚を見て倒れてしまう(あ、鳥の膝っぽいところは本当は手首だけど)。彼女の身を案じた母は、バレエ団にニナの欠場を連絡し、彼女を休めようとするが、ニナは怒り狂って現場に向かい、代役として準備をしていたリリーを押しのけ、舞台に立つ。
果たして何処までが真実で、どこからがニナの幻覚なのか。あるいは幻覚と思いきやホラー作品のごとく、実際に奇怪な事件は起こっているのか、その辺りが中盤以降の醍醐味となるわけだ。
以下、結末まで含むネタバレ
ネタバレ2
さて、上述のようにして無理やり舞台にたったニナだが、演技中にも様々な幻覚を見始める。しまいにはそんな彼女の問題なのか、単なる男性ダンサーの不手際なのか、ペアでの演技中に大失敗を犯してしまう。
憔悴しきった状態で、衣装を着替えるために楽屋に戻ると、そこではリリーがブラック・スワンの衣装を着て準備をしていた。彼女と揉み合いになったニナは、割れた鏡の破片でリリーの腹部を刺し、殺してしまう。
死体を隠してブラック・スワンの演技に戻るニナ。彼女の何かが乗り移ったかのような完ぺきな演技に観客は狂喜し、主催者も彼女を絶賛する。しかし、再び楽屋に戻ると、リリーの死体は消えていた。何が起こったのか分からず混乱したまま、ホワイト・スワンの衣装に着替えて舞台に戻るニナ。それでも完ぺきな演技をこなし、最後の飛び降りて命果てる演技を終えると、場内はスタンディングオベーションの嵐に包まれる。
しかし、クッションの上に倒れるニナの元に主催者や他のダンサーが駆け寄ると、彼女の腹部には夥しい出血が見られ、彼女の意識は徐々に遠のいていくのだった。
つまり、リリーとのもみ合いのシーンはまるごと彼女の幻覚だったことになる。本作品はバレエダンサーのプリマ・ドンナとして活躍する女性の心理を描いた作品なのだ。
彼女とのレズシーンは彼女が必要としていた「色気」を取り込もうとする葛藤に寄るものだろう。変身の幻覚は、ブラック・スワンに近づかなければという焦りからのものだし、リリーとのもみ合いはライバルに役を奪われたくないという思いからの幻覚だと思われる。
従って、本作品が描きたかったのは恐らく、「サイコホラーとして恐ろしい目に合うバレエダンサー」などではなく、「幻覚を見るほどに追い詰められないと、目的に到達できない、超一流の人間の内面」であろうと思われる。どんなジャンルであろうと、トップに立つ人間というのは、一般人には想像もできないような強い思いを持っているに違いないのだ。
最終的に彼女が腹から出血していたのは、リリーとのもみ合いの幻覚で誤って指してしまったと考えるのが自然である。しかし、上記のような構造を考えると、彼女が「絶望の内に死を選ぶ白鳥の気持ちを理解するために、自分を刺した」可能性も考えられるのではなかろうか。いや、単なる僕の考え過ぎかもしれないけれど。
ネタバレ内に長々と書いた通り、一流バレリーナの心のなかの壮絶さを、映像化によって一般人に可視化した名作品。鬼気迫るナタリー・ポートマンの演技やセクシーなワンシーンも含めて、見逃す手はない作品だと思う。
そういえば本作品は「レスラー」の一部として描かれたのだが、1作品に収めるには多きすぎるテーマだったため、別々の2作品にわかれたものだという。ぜひ同監督の「レスラー」の方も観なければ。
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