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あしたのジョー

監督:曽利文彦/ 原作:高森朝雄/ 78点

■アニメ実写化作品なのに違和感が殆ど無い

 

あしたのジョーと言えば、日本のボクシング漫画の原点と言っても誰も怒らないであろう、究極の傑作作品である。漫画作品も素晴らしかったが、僕にとって思い出深いのはアニメ作品の方。後にエースを狙え!などの作品で有名となる出崎統の演出による、劇画的でアッサリした描写は、アニメは子供のものというイメージを根本から覆すほど格好の良いものであった。無論「格闘漫画の主人公は熱血青年」というお約束を覆した原作自体の功績も見逃せないが、あの印象的なテーマソングと合わせ、「あしたのジョーと言えばアニメ」と感じているのは僕だけではないと思う。

アニメ版はジョーの登場から力石との対決まで(と、カルロス戦まで)を描いた第一部と、力石戦のあと行方をくらましていたジョーの復活から、ホセ・メンドーサとの対決までを描いた「あしたのジョー2」に分かれる。本映画作品では力石との対決、そしてジョーの復活までを描いており、ちょうどアニメの第一部にちかい構成となっている。

 

さて、本作品は同年代の男性なら思い入れが相当に深く、半端な出来では許されないであろう作品の実写化に挑戦した、なかなかチャレンジャブルな作品である。そしてその結果は意外なことに成功の域に達していると思う。

 

ではなんでこの作品の映画化が成功したのかというと、1つは省略がうまかった点にあると思う。監督はジョーの収監までの過程を省略し、ギャグメーカーだったマンモス西の活躍を徹底的に省略し、ついでに第二のマドンナ紀ちゃんを存在ごと排除した。おかげで物語はひたすらにシリアス路線のまま進み、男同士の戦いの物語として分かりやすい構造となっていたように思う。

マンガやアニメのエピソードをそのまま再現することこそが、原作に忠実な再現だと誤解している人は多いがそれは違う。映像が実写化されたら、ストーリーもそれに見合ったリアリティあるものにしないとバランスが取れないのだ。この辺りの調整は抜群にうまい監督だと感じた。

一方、脚本に不満がなかったわけでもない。それは力石が収監された理由の変更である。力石自身については問題ないが、それによって葉子のキャラクタがちょっと違って見えてしまった。蛇足だったのではなかろうか。また、原作で葉子がジョーに抱いていたはずの恋心と辻褄が合わないような気もする。監督が原作のその設定を理解していなかったのか、あるいは知っていてあえてこの理由による複雑な憧れだったという設定にしたかったのか、紀ちゃんがいないなら三角関係も不要とぶった切ったのかは不明。まぁ、大した不満ではないから良いけど。

 

もう一つの理由は、そもそも根本的に本作品が実写化に向いていたとも言える。前述のとおり、アニメ版は非常にシリアスな作りであり、元々ドラマツルギーがしっかりした作品であった。主人公はハードボイルド気味で(特に第二部ではそれが際立っていた)、滅多に自らの真の思いを語ることはなかった。そういう物語だからこそ、自然に実写化ができたとも言える。

じゃぁ、うまく行ったのは監督の力じゃなかったのかというとそんなことはない。曽利文彦ってどんな作品を手がけてるんだろう、と思って調べたら、なんとあの「ピンポン」の監督でもあった。「ピンポン」は個人的には実写化作品の傑作中の傑作だと思っている。あの作品も確かにリアル志向で実写化に向いた作品と言えなくもないが、仮にそうだとしてもそういう作品ばかりを選びとったのだとしたら、それも監督の才能だろう。意外なところで「ICHI」の監督も曽利文彦である。ひょっとして面白いのかもしれないから、怖いもの見たさで見てみるか...。

 

キャストは意外なほどにハマっていた。伊勢谷友介の力石は、あのデカすぎる鼻といい、胡散臭い自信たっぷりな表情といい、完璧なキャスティング。山下智久のジョーには最初は抵抗があったのだが、髪型を無理しない単なる長髪で抑えたりとコントロールが巧くて、意外に違和感が無かった。香川照之の丹下段平だけは流石にギャグにしかならないだろうと思っていたのだが、これがまた、不思議なほどに普通。あの役をやって笑いを取らずに済ませられるというのは、もはや才能といって良いだろう。

伊勢谷・山下の2名は徹底的なトレーニングも積んでいて、からだもかなり締まっている。胸筋の割に背筋が細くてボクサー体型ではないなぁと思うものの、大した役作りだと思う。ハリウッド映画ではよくあることだが、日本人俳優が1つの映画のためにあそこまで体型を弄るのは珍しいと思う(松田優作は除く)。

しかしまぁ、ボクシングは正直下手。適当なプレイスタイルのジョーはともかく、基礎ができているはずの力石ですら、ちゃんとしたボクシングをやらなさすぎだ。いや、アッパー作戦のせいなのはわかるけど。それをごまかすためなのかやたらめったらに動くカメラアングルは賛否両論だと思う。個人的にはボディダブルつかってでももうちょっと寒気のするような凄いボクシングシーンが見たかったなぁ。

 

あと、力石の最後のシーンのジョーの演技の「力石〜、力石〜」は「子供かよ」と思ったし、ドヤ街に戻ってきた際の抱擁にはちょっとゲンナリした。ジョーには透かしたハードボイルドを突き通して欲しかった。ひょっとして山下智久の演技に違和感がなかったのは台詞が少なかったせいか?なんて勘ぐってみたりして…。