ディスカスの飼い方作者:大崎善生/ 原作:/ 75点
■独特の世界観が素晴らしい
「ディスカスの飼い方」はディスカスの飼い方を詳細に描いた実用書…ではなく、ディスカスを飼う男の生活を克明に描いた小説作品である。しかし、そこいらの実用書を凌駕するような、とんでもなくマニアックな情報がてんこ盛りなのが特徴だ。
主人公の涼一は趣味だった熱帯魚の繁殖を本格的に始めて、それを本業にすべく、わざわざ一軒家に引っ越し、水槽などの設備を準備し始める。彼が引っ越してから本格的に繁殖に漕ぎ着けるまでの、ほんの三ヶ月ほどを描いた作品である。 本作品は涼一が主人公の小説に見えるが、正確には違う。涼一がディスカスを飼育する際の手順を本として残すために、自分で認めた「ディスカスの飼い方」という作中作を読んでいる形である。ややこしいが森博嗣ファンにはVシリーズと同じといえば分かってもらえるだろう。 したがってこの物語は「ディスカスの飼い方のために日々続けている日報に、主人公の過去や、現在の思いや、彼の目指す哲学などがにじみだしてしまう」という構造の作品であって、ディスカスの飼育シーンが殆どを占めるのは当然である。「飼育シーンばっかりで恋愛小説としての内容が薄い!」と酷評する書評を多く見かけるが、彼らはこの作中作構造を正確に理解できてないのではないかと思う。出版予定のディスカスの飼い方の手記に、過去の恋愛とかの甘酸っぱい思い出をやたらめったら書く奴がいたら不自然、と説明すれば、同意頂けるのではないかと思う。
さて、この構造を踏まえて読むと、本作品はめちゃくちゃ面白い。ってか、踏まえなくても面白い。非常に読みやすい文体で、これでもかとばかりに綿密に描かれる飼育シーンは、単なる飼育教本の底書きのはずなのに、彼の内面をハッキリと描き出してしまう。やがて始まる彼の「哲学」の描写には、「なるほどな」と思わされるものの、「後悔」の描写に「何をやっているんだよ」とちょっと怒りを感じる。しかし、彼の「哲学」に走った思いを否定出来ないとも感じさせられてしまうのだ。
以下、物語の大きな流れに触れちゃいます。結構ネタバレとも言えるので、未読の方はブレーキ。
物語の終わりに主人公が何を感じ何を選んだのか。結末はぜひ自分の目でご確認いただきたい。 Copyright barista 2010 - All rights reserved. |