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贋作『坊ちゃん』殺人事件

作者:柳 広司/ 原作:/ 70点

■坊ちゃん依存度が高い事の功罪

 

「贋作『坊ちゃん』殺人事件」は柳広司が夏目漱石になりきって、あの名作「坊ちゃん」の外伝をミステリ作品として描いたものである。うちのサイトの熱心な読者さんならすぐに気づいていただけると思うが、「漱石先生の事件簿(猫の巻)」と非常によく似たコンセプトの作品である。

物語の舞台は四国。坊ちゃんが教師として働いていた松山市である。ただし時代は少し進んで、原作の3年後。学校をやめて別の仕事に就いていた坊ちゃんが、久しぶりに松山を訪れる展開から物語は始まる。そして、主人公である坊ちゃんがとある「自殺」とされている事件の真相を暴くため、思い出の街を行き来する事で物語が進む。

 

さて、冒頭に「漱石先生の事件簿(猫の巻)」と似た構造だと述べたが、実は本作品との間には大きな相違点がある。それは先程も述べたとおり「原作の3年後」を描いているという点である。

当初単なる後日談のように幕を開ける物語だが、事件の真相を探るうちに「原作に登場したあのシーンが、実はこんな謀略の一側面だった!」というような展開が待っている。この構造に気づいた時には物凄くワクワクしたものの、途中でちょっと冷めてしまった。

何でかというと、この作品の面白さが読者がいかに原作を記憶しているかに頼っているからである。「猫」の方が原作と同じ物語を別の視点から語る構造であったが故に、原作を知らなくても1つの物語として楽しめたのに対し、本作品の場合、原作を知らないと「え、あのシーンが!」という驚きが感じられないため、本来計画されていた意外性を感じ取ることが出来ないのである。

残念ながら僕は吾輩は猫であるほどに坊ちゃんという作品を記憶していなかったので、途中で冷めてしまったというわけ。「猫」が『読後に原作を読み返したくなる作品』なら、こちらは『読後に「読む前に原作を読み返しておけばよかった」』って感じ。

 

なので、夏目漱石の大ファンで、「こころ」や「三四郎」のあらすじが空で語れるなんて人にはとても面白い作品なのだろうなと思う。だが、平均的日本人にどちらが面白いかというと、「猫」の方じゃないかと思う。なのでこの点数設定にさせていただいた次第。僕がもし坊ちゃんをキッチリ記憶していたら、もっと絶賛していた可能性もあるので、ファンの方においてはどうぞ点数に気を悪くしないようお願いします。