漱石先生の事件簿 猫の巻作者:柳 広司/ 原作:/ 99点
■猫による構造改革をさらに推し進めた名作
面白い小説に出会うたび、毎回レビュー冒頭に書いていることではあるが、今回も書く。本作は相当面白いので、レビューより先にまずは本編を読んで貰いたい。どういう作品なのかという前知識すらない状態で読んだ方が圧倒的に楽しめるからである。 じゃぁ、なんでこんなレビューを書いているかというと、半分以上は読後に感想を交換する楽しみに近い用途でレビューサイトを用いている人が多いと感じているからである。この辺りの説明も前にどこかに書いたなぁ。
では、以下この作品がどういうものかという説明に入ります。未読の方はブレーキ。
「漱石先生の事件簿」は、ちょびひげの英語教師の家にひょんな事から居候する事になった「僕」の視点で描かれた作品である。「僕」は成績の問題や金銭的問題を解決するために、先生の家に「書生」として居候することになったのだが、この先生がちょっと、いやかなりの変わり者だった。 先生は胃弱の癖に大食漢。変な趣味に精を出し、仕事に対する情熱はまるで無い。そして飼っている猫にはまだ名前も付けていないのである。
ここまで読めばタイトルからすぐに気がつくと思うが、本作品は夏目漱石の傑作「吾輩は猫である」を猫の視点ではなく、居候の書生の視点から描きなおしたものである。それもかなり原作に忠実でありながら、ちょっと思いつかないような視点でのおまけを追加して。 吾輩は猫であるといえば、「神の視点での描写」という小説のお約束に対する、革命的解決方法を発明した点で、文学史に残る作品である。とある人が語っていた。誰かというと僕だ。実際の文学界でどう扱われているかは知らない。
一方本作品では、猫の視点(=神の視点)で描かれていた作品を、もう一度別の登場人物の視点で描き直すというチャレンジを行なっている。そこまでであれば良くある多視点物語に過ぎないのだが、視点を変えることで散々みんなが読んできたはずの「吾輩は猫である」に新しい解釈を付け加えている点が面白い。 そもそも吾輩は猫であるという作品は、無計画に書いた短編が受けたからと連載化したという経緯も関係するのだろうが、有名なわりによくわからない作品である。冒頭の一文を知らない日本人は殆どいないと思われるにもかかわらず、物語中盤がどんな話だったかと聞かれると、誰も覚えていないのだ。それらのぼんやりとしたエピソードに新しい意味を追加しようという試みは実に面白い。
さらに面白いのが、その意味の追加が短編ミステリという形で実現されている点であろう。本作品は6つの短編集の形となっており、それぞれがちょっとしたミステリ作品として成立している。といっても別に近所で殺人事件が起きたりするわけではない。原作中のちょっとした変な描写をかき集めて、それらをちょっとした謎として捕らえ、その原因を見出そうという、完全な原作リスペクト方針である。 これはなかなか大変な作業である。原作にぴったりと寄り添っているがゆえに、過激な設定は使えない。原作のイメージを壊すことが無いよう配慮が必要である。それでいて原作のさまざまな設定を取り込まないと納得のいく作品にならない。きっと作者は、連載漫画の過去の描写を拾い集め、さもそれが布石であったかのように新しい展開を生み出す漫画家のように、注意深く原作を読み込んだに違いない。
で、結果できあがったものは、登場人物に対する愛のあふれるとても楽しいミステリ短編集である。原作を良く知っている人なら、そこかしこの設定でニヤニヤすることは間違いない。
以下、最終的な結末に関する完全なネタバレ。本作および原作を未読の人は絶対読んじゃ駄目。
ネタバレ内に書いたように、原作ファンにとっては完璧なできばえの傑作。一方原作を良く知らない人も原作が読みたくなること請け合いの作品。広く万人にお勧め。いや、素敵な本でした。
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