異国のおじさんを伴う作者:森 絵都/ 原作:/ 93点
■やっぱりこの人の短編は天才的だと思う
先日「ラン」を読んで、「面白いんだけど何だかしっくりこないんだよなぁ」と感じていたのだが、本作品はしっくり来た。非常に馴染む。 森絵都という作家は日常の中からちょっと変わったシチュエーションを切り出し、そこに斜め上の結末を割り当てる天才である。ただ、変わったシチュエーションってのは長文になるほど綻びを生じやすいし、読者も少しずつ、ついていけなくなるものだ。しかしこういう短編集では、彼女の良い意味でズレた感覚が非常に効果的に発揮され、素晴らしい作品が生み出される傾向にあると思う。 以前にレビューした「架空の球を追う」では「二人姉妹」「彼らが失ったものと失わなかったもの」などが大好きだったが、今回も「」などが非常に素晴らしかった。鳥肌が立つぐらいに。出来の良い短篇集を読むと非常に贅沢な気分に浸れる。高級フレンチを一口ずつ味見しているかのような気分になれるのだ。
【藤巻さんの道】 いろんな「道」の写真が掲載されたお気に入りの写真集を、いろんな人にプレゼントしている男の話。ある日彼は会社でお気に入りの女性、藤巻さんにこの写真集をプレゼントした。どの写真が一番気に入ったか訪ねてみると、藤巻さんが選んだのは意外な一枚だったのだ。 ちょっとした心理テスト的で面白い。最後に男のとった選択肢が素晴らしいお陰で読後感の良い短編になったと思う。
【夜の空隙を埋める】 とあるマンションの2室だけが、毎晩定期的に停電する。原因を調査してもらった所、ある場所の水道管工事の影響だという。被害に有っている二人は今日こそは我慢ならぬと文句を言いに行くことにする。 「藤巻さんの道」などとは異なり、この手の切り口勝負の作品は短篇集でしか味わえないもの。こういうの地味だし印象に残らないけど結構好きなんだよね。
【クリスマスイヴを三日後に控えた日曜の……】 クリスマスイヴに着るための洋服を買いにデパートに出かけた女の話。驚くほどの人波にうんざりし、洋服なんてどうでも良くなってしまった女の目に写ったのは、プラダで靴を買う80歳はゆうに過ぎているであろう女性だった。
【クジラ見】 なんにもしない新婚旅行をテーマに旅行に来た夫婦だったが、奥さんが突然ホエールウォッチングに行こうと言い始める。しぶしぶそれに付き合う男性だったが、海は大荒れ。とんでもない目に合わされる。
【竜宮】 長く記者をやっているにもかかわらず、わざわざ録音の全文テープ起こしをやってからじゃないと原稿を書かない男の話。それには過去のある後悔が起因していたのだった。 自らの発言が意図したとおりに伝わっていなかった、という嘆きは多くの小説家の弁から漏れ聞こえるところである。われわれは自らの体験を耳障りの良い美談に仕立て上げられることを好んではいない。どうぞ新聞各社においてはこの短編をしっかり読んだ上での取材をお願いしたいものである。
【思い出ぴろり】 葬儀屋のバスの運転手に「乗ってかない?」と声をかけられた女の話。
【ラストシーン】 飛行機に詳しくないと思われる男が、スチュワーデスに使い方を聞いて、機内で映画を見始めた。それはとても素晴らしい映画だったが、飛行機が着陸準備に入ってしまったことにより、あと10分の所で映画は停止してしまう。クレームを入れる乗客に決まりだからと断るスチュワーデスだったが、そのあまりの状況に「見せてやれよ」と周りから援護が入るのだった。 これが本短編集中のベスト。先程レビューのために読み返してまた鳥肌が立った。「架空の球を追う」の「彼らが失ったものと失わなかったもの」がそうだったように、彼女は異文化の象徴としての外国人を扱うのが抜群に巧いと思う。
【桂川里香子、危機一髪】 とあるとても偉いオバサンの若かりし頃の昔話である。つまんない話ではあるけど、こういうちょっしたズレが、長く一緒に生活する上で負担となることは多い。
【母の北上】 父の死後、南向きの広いリビングのソファから、だんだんと北の部屋へ、居住空間の中心を変えていく母の行動を訝しむ息子が主人公の物語。
【異国のおじさんを伴う】 「ベアードマン」というあごひげを生やしたおじさんの人形を取り扱った小説の作者が主人公。彼女はベアードマンを有名にしてくれたからと、ベアードマン発祥の地のある団体からパーティに招待されることになる。今回の短篇集の中では一番もやもやっと終わらされる難易度の高い作品。 Copyright barista 2010 - All rights reserved. |