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架空の球を追う

作者:森 絵都/ 原作:/ 77点
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■すらすら読める佳作短篇集

 

「架空の球を追う」は同名の短編を収録した、森絵都による短篇集である。彼女の書く短編の特徴は、ちょっぴり変なところだと思う。とんでもない展開や、絶望的悲劇などは訪れず、ただ結末がちょっぴり斜め上にズレるのだ。その辺りは先日読んだ「風に舞いあがるビニールシート」に近いが、どっちかといえば風に舞い上がる…の方がお薦めかな。いや、こっちも悪くないけど、各作品の平均点の問題。

 

【架空の球を追う】

リトルリーグの練習風景を描いた作品。何故だかそれが最後に母親心理にたどり着くのだが、その内容が抜群に暖かくて素敵。お薦めの1本。

 

【銀座か、あるいは新宿か】

同窓会をやるたびに会場として銀座と新宿のどちらが適しているかを議論する女たちの物語。彼女たちの議論にはいつまでたっても答えがでない。それは彼女たちに論理性がかけているからではない。世の中には沢山の答えがあって、そこに正解や誤りという区別はないのだ。

 

【チェリーブロッサム】

シャッターを押してくれるよう頼む、若い夫婦と、奇妙な行動を取る親父が登場する、ほんとうに短いショートストーリー。どちらも男のどうしようもない馬鹿さを描いているのだが、その描き方が愛情に満ちていて抜群に良い。

 

【ハチの巣退治】

ボスに蜂の巣退治を命じられた部下たちが右往左往する話。彼女らはある人間に蜂退治をお願いするのだが、彼は彼女たちの悩みの種であるハチと一緒に、様々な嫌なものをきれいにしてしまう。思い悩むより、「えいや」とやってしまう事が大切なのだ。

 

【パパイヤと五家宝】

ちょっと贅沢しようと高級スーパーに入った女は、金持ちの女が平気な顔で高級品を次々に買い物かごに入れるのを見て、その買い方を真似し始める。取り憑かれてしまったかのように。しかしその流れを食い止めたのは「五家宝」だった。ここまで劇的ではなくてもコレに近い気分になることは誰しも有るのではないだろうか。

 

【夏の森】

デパートで販売されていたカブトムシを森に逃がしてやるために購入した母親の話。自由への思いは誰だって内に秘めているものだ。しかしそんな思いはカブトムシにでも託して、かごの中で穏やかに過ごすのも人生の醍醐味の一つではないだろうか。

 

【ドバイ@建設中】

ある会社の御曹司と婚前旅行としてドバイにやってきた女の話。女はグチグチと鬱陶しいわ、男は空気が読めてなくて鬱陶しいわで、なかなかストレスの貯まる物語なのだが、最後のぶちきれモードがちょっと気持ち良い。このカタルシスのためのストレスの貯金だったのか。

 

【あの角を過ぎたところに】

タクシーに乗っていると、馴染みの店が無くなっていた。そんな何気ないつぶやきが、物語を思いも寄らない方向に引っ張っていく。記憶の片隅にしか残っていないような、懐かしのあの人達にも自分と同じ濃度の時間が流れているのだ。

 

【二人姉妹】

ちょっとしたきっかけでギクシャクしてしまい、爆発寸前となった姉妹の物語。結末の馬鹿さっぷりが最高。

 

【太陽のうた】

ある難民キャンプの話。切ない文学的な物語だが、この短篇集の中ではやや異質。

 

【彼らが失ったものと失わなかったもの】

空港の免税店でワインをかったイギリス人夫婦の話。以下完全なネタバレ。

物語の最後に登場する、彼らの行動を眺めていたアメリカ人少年の表情の描写がダメ押し。非常に素晴らしいショートショートである。彼らの人生には損をすることが多いだろうが、彼らの心は誰よりも豊かだろう。最後を締めくくるのにふさわしい、心温まる1作。