ラン作者:森 絵都/ 原作:/ 71点
■使い古された隠喩を新鮮に描き直した作品
ランはとある女性が「ラン」に挑戦するまでの話だ。おそらく本作品を読む前に登場人物紹介等をWikipediaとかで調べると、「風が強く吹いている」的な作品を想像する事になるのだろうが、これが見事に、全くもってカラーが違う。 ではどう違うのか。具体的に説明すると弱ネタバレなので、まずは抽象的に説明すると、「風が強く吹いている」が「走ることの素敵さ」を中心に描いた作品なのに対し、本作品は「走る理由」を中心に描いた作品なのである。さらに言うなら、別にその理由となる目的を達成するための行為が「走る」である必要は殆ど無い作品なのだ。
本作品はおそらく数千年は隠喩として使われてきたであろう、「人生≒道」的な隠喩をちょっと新しいスタイルで描いたホラー作品である。意外な単語が混じってビックリしたことだと思うが、僕のジャンル分けではこれはホラーなのだ。
以下、物語冒頭で説明される事実についてそのまま書きます。先入観なしに読みたい人はブレーキ。
主人公の環はどうにも不幸に合いやすいタイプらしい。親子喧嘩してついていかなかった病院の帰りに、父、母、弟は交通事故で死んでしまい、一人ぼっちで残されてしまう。全くつながりがなかったにも関わらず、彼女の面倒を見てくれた叔母もあっけなく早死してしまう。いわゆる死に囲まれたタイプってのは小説の主人公としては珍しくないタイプであるが、彼女の性格までがステレオタイプだからたまらない。 とにかく人付き合いができない。で、一箇所に長く務めることができない。アルバイトを転々とし、遺産を食いつぶしながら生活している。で、挙句の果てに不幸自慢を始めたころには「わー、この作品はやっちまったかも」と思った。とにかく主人公が大嫌いになってしまったのだ。
そんな彼女にもようやく話の合う人が登場する。それは同じく不幸に囲まれた人生を経験したために人との関わり合いをさけ、自転車屋としてほそぼそと生活する男だった。彼女は同じ匂いを感じたせいか、そのオジサンと仲良くなり、数日に一度のペースで店に通うようになる。しかし、オジサンの飼い猫(ではないとオジサンは否定していたが)が死んでしまったことをきっかけに、オジサンは自転車屋を廃業して実家に戻ることになった。 実家に戻る際、彼は死んだ息子にプレゼントするはずだった自作の自転車、「モナミ1号」を彼女に残す。そしていつしか彼女は、嫌なことがあると自転車に乗ってあてもなく街を走り回るようになるのだった。
ここまで読んだ時点で「あれ、この物語のランってジョギングとかの走るじゃなくて、自転車で走る話なんだ??」と思うはずだ。が、しかし、この後物語はさらにどんどん色を変えてしまう。
以下、知らずに読んだほうが面白いと思うのでネタバレ内に書きます。
ネタバレ内のような理由で、普通なら3つの別の作品に分けてもよさそうな設定が融合して、何だかちょっと読んだことの無いような、不思議な空気を持った作品が完成している。なかなか面白かったし、登場する死生観も新しくてよかったと思う。そして最後が尻切れトンボな形で終わるのが非常に良い。道=人生というレトリックは「ゴールではなくその家庭に意味がある」事を語る為に用いるものであるにもかかわらず、多くの作品が華々しいゴールシーンを描きすぎる。本作品のように中途半端な場面で終わるほうが、正しい適用法なのではないかと感じた。
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