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スロウハイツの神様

作者:辻村深月/ 原作:/ 84点
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■夢に向かって努力する者たちの話

 

作家、画家、映画監督。こういったアーティスティックな職業には一般的な職業と大きく違う点がある。例えば弁護士という職業に就くことは非常に難しいが、実現にはかなり明確な合格ラインが存在する。法律を学び、司法試験に合格すれば、弁護士になることができる。逆に言えば、司法試験に合格できる能力がなければ、自分に弁護士は無理だとどこかで諦めることができる。ところが前述のアーティスティックな職業にはそれが存在しない。

この違いは大きい。例えば作家になるための合格ラインは存在しない。国語の成績が満点であろうと、過去の名作を1万冊諳んじて見せようと作家になれるかどうかには関係がない。それどころか、かなり面白い作品を書くことができたとしても、作家になれるとは限らない。たまたまその作品の魅力を認める編集者の目に止まり、出版された作品が何らかの理由で消費者の目に止まり、それを読んで「面白い」と感じてもらえるかどうかにかかっているからだ。

それ故にアーティティックな職業を目指すことは苦しい。どれぐらいゴールに近づいたのかが分からないままの努力を続けなければいけないし、諦めるタイミングもわからない。それこそアンパンマンの作者のように還暦を過ぎてから成功するかも知れないのだ。

 

本作品はそういった芸術職を目指す人間たちの共同生活を描いた作品である。スロウハイツという建物に、芸術家或いはそれを目指す者たちが、手塚治虫におけるトキワ荘のように共同生活を行なっている。彼らはお互いを認め合ったりライバル視したりしながら、自らの成功を目指して創作を続けている。

 

とある盗作騒ぎがこの作品のメインストーリーとなる。いわゆる人の死なないミステリというジャンルの作品で、別に人が死ぬミステリも普通に読むが、個人的にはこういうジャンルの作品がもっと増えて欲しい。倫理的に云々ではなく、愛憎→殺人というワンパターンからそろそろ抜けだしてほしいからだ。

しかし本作の魅力はそこにはとどまっていない。どちらかというと住人たちの「思い」の描き方の方に魅力を感じる。「まんが道」などでもそうだが、この手のジャンルの作品は作者自身のいろんな思いが詰め込まれることになるので、必然的に濃度が高い作品になることが多いように思う。

 

 

ストーリ読みにも哲学読みにも耐える、なかなかの佳作だと思う。今まで読んだ作品の中では「シアター」が近いジャンルかな。もっとも有川浩にこの作品を書かせたら、もっと恋愛甘々モードが混在した上で、甘々な短編が2編ぐらい同梱されると思うけど(苦笑)。いや、有川浩作品も好きなんだけどね。でもね。