シアター!
作者:有川 浩/ 原作:/ 86点
■ラノベ風演劇版もしドラ
図書館戦争に続いて手にとった一冊である「シアター!」は、とある劇団員たちのお話である。劇団員ってのは基本的に儲からない職業である。いや、この表現は語弊があるかもしれない。もう少し正確に表現すると、劇団員ってのは多くの場合趣味の延長線にあって、職業として成り立つことは稀有である。この物語登場する劇団、シアターフラッグもその例に漏れることなく、会計は火の車。代表である弟は、やり手サラリーマンである兄に劇団を維持するための資金を無心する事となる。
物語の冒頭で語られる理由により、弟の頑張りを信頼できない兄は、頼まれた資金の300万円を貸す代わりに、ある条件をつけた。それは、「2年以内に劇団の収入のみで300万円を返済すること。それが駄目なら劇団を解散すること」であった。
以下、物語の進む方向についてのネタバレ有り。注意。
ネタバレ1
上記のような要約を書くと、頑張る弟に厳しい兄という展開が想像されるわけだが、この兄が甘いこと甘いこと。いや、経済的に厳しいことは言うのだが、完全なツンデレ。冒頭に「お金のことは俺が管理する」と宣言するのだが、なんだかんだと運営の様々に手を出し、劇団を潰すどころか助けようとし始めてしまう有様だ。
詳細を書いてしまうと面白みがなくなるので、ざっくりと書くが、その後の展開が都合が良すぎる。団員たちはみなそれぞれの才能に溢れているし、良い奴ばっかりだし、計画は基本的に良い方向に動く。どっかでこの構図は読んだなぁと思ったのだが、よくよく考えたらまんま「もしドラ」だった。
面白いのが、「もしドラ」がマネジメントを啓蒙する目的で書いたにもかかわらず、その内容が人材育成に偏ったものだったのに対し、本作は単なるエンタテイメントの筈なのに、より経営学的な内容に近しいものになっている点。5Sに則った改善活動かと思ってしまった。
ネタバレ内に語ったように、物語には大きな波もなく順調に進み、有川浩特有のラノベ的な甘酸っぱい展開が多いのだが、それでも大の大人を惹きつける確かな魅力が本作にはある。それはとある啓蒙的テーマがハッキリと描かれている点である。というか、むしろそういう内容を説教臭くならないように伝えるために、あえてライトノベル色を全面に押し出しているのではないかと感じる。啓蒙的内容をライトに読ませる技術で有川浩の右にでるものはいないのではないだろうか。
で、その啓蒙的テーマが何かというと....以下のネタバレの中で紹介。未読の方はオープン禁止。実際に本編を読んで、作中の人物と一緒に衝撃を受けてほしい。
ネタバレ2
それは、「頑張ること」と「諦めること」の関係である。年取った自称ミュージシャン。俺はまだ本気を出してないだけと語る社会人。いつか必ずと夢を語る四十路男。何時迄経っても夢を諦められない連中には理由があるのだ。それは劇中の兄の語る以下のセリフで明確に示される。
「人間が何かを諦めるのに必要な条件って分かる?」
そして答えられない弟に兄はこう続けるのだ。
「全力でやって折れることだよ」
そう、夢が諦められないのは、実は全力を尽くしたことがないからなのだ。やり残しがあるから諦められない。とても単純な話なのだが、僕らは多分みんなその事実から目を逸らしてしまっている。心にヤリが突き刺さった。
また、劇中であるキャラクタは次のような台詞を叫ぶ。
「やってみて駄目だったら悲しいじゃないか!」
これも心に突き刺さる。僕らは自分に才能がないことを認めるのが怖くて、「まだ本気を出していないだけだ」と自分に言い訳を続けているのだ。
上記の2本が突き刺さった瞬間、自分は大人の割に夢の多い人間だと自認していたのだが、単に努力をしてこなかったから、どれも諦められてないだけなのではないかと不安になった。いや、確信を持った。なんて残酷で恐ろしい小説なのだろう。そして、その衝撃をお昼休みに語ったら、となりの女性も愕然として、悲鳴を上げた。思い当たることがあったのだろう。
中学の同級生の女の子に漫画好きな子がいた。彼女は高3になって再会したときにもずっと漫画を書き続けていた。「ずっと続けるの?」と尋ねたら、「あと2年頑張って芽が出なかったらやめる」とハッキリ答えた。当時の僕は「なぜ成功するまで努力し続けないのだろう」と、彼女の本気を疑ったのだが、間違っていたのは僕の方だった。彼女は本気だったからこそ、2年という期日を切ることができたのだ。
また、劇中の「兄」は、全力を出していない人間にだけではなく、既に努力をし実績を残している人間にすら、次のような厳しいセリフを浴びせかける。
「いろいろ足りないくせに調子に乗りそうになってイヤになっちゃう」
「謙遜のつもりかもしれないけど、そういうことはあまり言うもんじゃないよ」
「謙遜なんかじゃ」
「ならもっと悪い」
「その声売ってんだろ。客の前で自分の売った商品はダメですとかアウトだろ」
「でも、何か自分に自身が持てなくて」
「それ甘え」
その後も会話は続くが、要約すると、お金を貰っている人間が自分の仕事を「まだまだです」と言及するのは、失敗した時のための言い訳を準備する単なる甘えである、とバッサリ切り落としたのだ。さらに言えばそれは「素晴らしい」と商品を評価してお金を払った人間に対する侮辱なのだ。
このクダリは一番こころに突き刺さった。最近では自分の仕事ぶりを評価してくれる人が増え、褒められる事が多くなったのだが、常に「大したことない」と謙遜しているつもりでいた。「まだまだです」のセリフは向上心の表れだと思っていた。しかしそれらはみんな、責任逃れのための言い訳だったのだ。とにかく愕然とした。
とまぁ、一見緩くて甘い作品に見えるにもかかわらず、鋭い刃で武装された啓蒙的パワーも備えた名作。ぜひ我が子が中学に上がったら読ませることにしよう。自分も子供の時に読めたらよかった...なんて死んでも言わないぞ。今から頑張って、正々堂々と諦めれば良いのだ。
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