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エンジェル・ウォーズ

監督:ザック・スナイダー/ 原作:/ 71点

■素晴らしく良くできたPV

 

類まれなる映像センスを持ったザック・スナイダー監督の新作、エンジェル・ウォーズを鑑賞。あらゆる意味で度肝を抜かれた。常軌を逸した暗い幕開け、ジャパニメーション色が強い最高に美しい映像、そして視聴者の事なんて知ったことかという、徹底的なドラマツルギーの放棄。結論から言えば、ちょっと一般人にはお勧めできない独特の作品である。

 

物語の概要を説明しておこう。主人公のベイビードールは母が亡くなったあと、遺産を独り占めしようとした継父の手により、精神に異常をきたしたことにされてしまい、精神病院へ送られてしまう。しかも病院から出られないことを確実にするために、継父は病院の職員の一人に金を渡し、なんと5日後にロボトミー手術を受けさせるよう手配してしまう。

 

ここでロボトミー手術について説明しておこう。ロボトミーとはlobectomyの事を指し、これは直訳すると葉切除という意味である。1935年にとある研究者が「チンパンジーの脳の前頭葉を切断したところ性格が穏やかになった」との症例を発見したのを受け、同年より神経科医の手によって激越性うつ病患者の治療の為に用いられるようになった術式の事である。これまでは治療不能とされたような、非常に重度の症状を劇的に改善することができたからという事から、この術式はまたたく間に広がったが、癲癇発作や人格変化、無気力、抑制の欠如、衝動性などの重大な、それも一生治ることのない副作用を引き起こすこととなった。それでもなお、効果が大きいことからかなりの期間利用されていた術式なのだが、他の抗鬱剤等の進化と共に人道的に問題ありということでいまやタブーとなっている術式である。...っていうか、脳を意図的に破壊するって、どんな治療よ。怖すぎる

 

そんな危機的状況に追い込まれたベイビードール。当然脱出しようとするのだが...、何故か場面は売春宿に切り替わる。ベイビードールは売春宿に新たに売られてきた少女。5日後に金持ちに売られてしまう運命だ。ここで視聴者は、ロボトミー前の少女の妄想の世界なのか、それともこの世界が本当で、ロボトミー手術前の映像が妄想なのか混乱させられることとなる。そして、以降の映像の殆どは、この売春宿をベースに展開する。

ベースにと書いたのには理由がある。この後ベイビードールは売春宿から脱出するために、他の売春婦たちと5人のチームとなって脱走を計画する。これがまぁ、大雑把な計画なのだが、4つの道具を手にいれて脱走しようとするのだ。で、この道具を手にするための方法というのがまた妙で、物語中、ベイビードールのダンスは誰もを魅了するものすごい力があるという設定になっていて、彼女が踊っている最中に、他のメンバが道具を手に入れるという作戦で全てが展開する。ところが、このダンス中の映像は視聴者の目には届かず、代わりに、妙な世界での戦いのシーンに突入するのだ。

 

この戦闘中の映像ってのが冒頭に語った通りのジャパニメーション的ないい意味での自慰的映像。もう監督の趣味丸出しで、スチームパンクな侍ロボっぽい敵を、セーラー服に日本刀と拳銃(ストラップ付き)という出で立ちの金髪美少女がぶった切るという、マニア垂涎の、逆に言えば一般人は「あんぐり」の映像が繰り広げられる。この映像が映画の8割を占める。

この映像にはちゃんと意味があって、売春宿から逃げようというメンバが揃うと、戦闘シーンのメンバも増えるし、売春宿メンバが苦戦すると、戦闘シーンでも苦戦するようにできている。わかりやすく言うと、エヴァンゲリオン劇場版に対する、エヴァンゲリオンTV版オンエア版の25, 26話の関係だ。...え、解りにくくなっている?まぁ、そうか。

ちゃんとわかりやすい方向に振るなら、パンズ・ラビリンスなどのファンタジーに近い。ファンタジーにはいろんなパターンがあるが、典型的なパターンの一つに「精神的に厳しい状況に追い込まれた少年・少女が現実逃避のために見せた平行世界」というパターンが存在する。それに近い構造となっているわけだ。

 

ただね...狙いはわかるし映像は超美しいんだけど、なんだか血沸き肉踊る部分が全くないのだ。モノトーンにまとめられた映像の中、ほぼ無敵の少女たちが、おどろおどろしい敵をやっつける。ただそれだけ。愛も友情も危機感も、戦略的面白さも何も無いのだ。稀にちょっとした映像的面白さがあって、おっ!と思うときもあるのだが、ちょっとした一瞬の喜び程度。感覚としては人のプレイする無双シリーズを見せられている気分。プレイしている本人は楽しいのだろうけど...って感じ。

このPVだったら綺麗だけど、映画としてはどうなのよって感覚、どっかで見たなと思ったら、紀里谷監督のCASSHERNだ。って書いて「前にもどっかでこの感想にたどり着いたなあ」と思ったら、同じザック・スナイダー監督の300だった。前にどっかにレビューをアップした記憶があったんだけど、今探したらここのサイトには上がってなかった。発掘できたらこっちに転載しよう。原作のあった「Watchmen」は最高に素晴らしかったので、紀里谷監督とザック・スナイダー監督においては脚本家を別に立てることをオススメする。せっかく映像センスはトップクラスなのだからもったいない。ガウディが色彩センスを持たないため別の天才に彩色を任せていたように、全てを一人で完成させようとする必要はないのだ。

 

以下、決定的なネタバレ

 

とまぁ、上記に記したとおり、なかなかハードルの高い作品なのだが、そこに馬鹿っぽいタイトルをつけた日本の配給会社もどうなのかと思う。エンジェル・ウォーズだなんてキャッチーで馬鹿っぽいタイトルが付けられている本作品だが、元々のタイトルはSucker Punchというものである。直訳すると、「不意打ち・急襲」などの意味であり、多くの映画サイトでもそのように紹介されている。

しかしこのsuckerという単語をもう少し深く読みといてみると、別の意図が見え隠れする。sucker自体には「餌のように見えるものは何でも飲み込む魚」「馬鹿、カモ」「考えが甘い人」「世間知らず」「〜に目がない人」などの意味がある。Web辞書である英辞郎で例文を探すと、sucker for romantic moviesで「恋愛映画に夢中な人」などの意味がある。

このように単語の意味を深く読み取る限り、sucker punchには「現実の見えていない、妄想に囚われている者の繰り出すパンチ」という意味が込められているのではないかと思う。Stand by Me.の原題がThe Body(死体)だったエピソードはとても有名で、見やすいタイトルを付けることが悪いと一概に切って捨てることはできないものの、今回のエンジェル・ウォーズとういタイトルには正直なんの知性も感じられない。別に悪い映画ではないと思うので、見る人にそれなりの情報をと思うのだ。