キケン作者:有川 浩/ 原作:/ 91点
■誰にでも語りたくなるような武勇伝と黄金期がある
「キケン」は有川浩による学園モノ小説の傑作である。物語は、とある新入生が成南電気工科大学にある「機械制御研究部」通称「キケン」の門をたたくところから始まる。充実した実験設備等に心惹かれて入部した主人公だったが、二回生はとんでもない連中だった。「キケン」という通称は機械制御研究部のイニシャルというだけではなく、行動が過激で危険という意味も込めた、ダブルミーニングのものだったのである。
いやはや、これ面白い。学園モノと言っても、授業の話などが登場して大学の空気が味わえるような、動物のお医者さん的な作品ではない。どちらかと言えば「究極超人あ〜る」のノリ。奇人・変人の類ではあるが、人間的に非常に魅力的な先輩である、上野と大神によって物語は牽引され、部活動や学祭などの課外活動での彼らの行動が魅力的に描写される。 この物語のどこがそんなに魅力的なのかというと、やはり「女子に邪魔されない」男だけの物語であるということだろう。後書きを読むと、これが偶然の産物とうわけではなく、有川浩が狙って演出したものだという事が分かる。本が手元にないので正確な引用ができないが、要旨は以下のようなものだった。 「男の子ばかりの集団はとても面白い。でもどんなに仲が良くても、そこに女の子が一人交じると、男のだけの時のその魅力的な空気はなくなってしまう。あの傍から見ていて羨ましい男だけの空間の魅力を描きたかった」 本当によくわかった作家さんだなぁと思う。男子だけが集まった時の独特のノリは本当に特別なものである。もしもこの物語にヒロインが1人混じっていたとしたら、本作のカラーは全く別のものとなっていただろう。そこまでよくできた作品であるがゆえに、第2話をねじ込んだ理由がよくわからない。これが無ければもっと完璧な作品となったはずなのだが...。
【第1話 部長・上野直也という男】 危険な二回生のうちの一人、部長の上野のあだ名がなぜ「ユナ・ボマー(実在の爆弾魔の名前)」になったのかが明らかにされるエピソード。導入の第一話として十二分に魅力的なエピソードだし、クライマックスの1シーンは、文字で読んでいるだけなのに実に鮮やかに脳内に映像を結んだ。壮観。
【第2話 副部長・大神宏明の悲劇】 冒頭にも書いたが、なぜこの物語なのか。1話が上野だから2話が大神なのは分かる。しかしこの物語はいただけない。この手の恋愛話を書くならもっと「大神の変人っぷり」が定着した後であるべきだし、そもそも描き方が間違っている。このあたりはいくら天才的な作家である有川浩とはいえただの女性なのだなぁ。 以下、ネタバレ
【第3話 三倍にしろ!―前編―】 【第4話 三倍にしろ!―後編―】 2つまとめて学祭の模擬店の話。うん、これ良いよね。大好きなエピソード。程度の差こそあれ、学祭ってのはみんなの武勇伝の元ネタになりがちな、大イベントだと思う。しいて文句をつけるなら、後輩主導になってしまい、二回生2人の影が薄いことかな。いや、狙いがあっての設定なのはわかるからしょうがないんだけれど、例の事件なんかよりも、もうちょっと実際の模擬店寄りのトラブルか何かで、頼れる先輩像をチラ見せして欲しい気がするのだ。
【第5話 勝たんまでも負けん!】 ロボコンでのエピソード。これも短いけど好き。男子でも女子でも楽しめると思うんだけど、根本的なところで男子のほうが読んでて楽しいんじゃないかな。男子にはよくわかんない衝動があって、無意味にロボット同士をぶつけ合って「ボーーーン」とか「ダーーーン」とかミニカーを持って「ギュギュギュギュイーーーーン」とかやりたくなっちゃうものなんだけど、その感覚があるのとないのでは血沸き肉踊る部分が足りない気がするのだ。そういう部分を再現できる有川浩って作家が凄いなと感心する。
【最終話 落ち着け。俺たちは今、】 物語を綺麗にまとめる最終章。うんうん、この章のための今までなのね。パターンとしてはよくある形ではあるものの、ありきたりとは感じず素直に感動。古き良き時代が心のなかにあるというのは財産だと思う。
Copyright barista 2010 - All rights reserved. |