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作者:吉本ばなな/ 原作:/ 82点
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■アイデアよりも文章力の勝利だと思う

 

吉本ばななといえば「キッチン」「つぐみ」に代表される大作家である。どちらもとても面白く読んだ記憶があるのだが、実のところ、あまり内容は覚えていない。彼女の作風はあくまでも文学的であり、ミステリやSFなどのアイデアあふれる作品を読んでいるうちに、そういったインパクトに負けてだんだんとストーリーの記憶がなくなってしまうのだ。しかしこうしてたまに読むと、その卓越した文章力に圧倒されてしまう。

 

物語の主人公はある思いを抱えてタヒチを旅行中の女である。ってこの時点でこの「ある思い」が「食欲」とかの筈はないわけで、正直物語の設定はごくごく平凡なものである。恋して恋に敗れた女が旅行して、旅行中にいろんな事を考えて、何らかの結論を出す。ストーリだけ追ってしまうと、こんな退屈な作品はない。にもかかわらず、なんだか読まされてしまう作品なのだ。

これは文章の構成力と、描写力の勝利だと思う。前者については読んでいただけばわかるので割愛。後者についてはその細やかさが効いていると感じた。

 

例えば、優しい男を描くとしよう。一番ショボイ描写は、「○○はとても優しい男だ」と宣言だけで済ませてしまうことである。おおよそこういう描写の小説は読むに耐えない(「大説」などという謎のジャンルを打ち立ててそういう描写をしている作家もいるようだが...)。

通常の作家であれば、彼がいかに優しい男かをエピソードとして書くこととなる。しかしこのエピソードの書き方で作家の技量が決まるように思う。ヤンキーが猫を拾ったりしているようでは作家としては失格で、どこまでさりげなく優しさを盛り込むかが勝負になるわけだ。

吉本ばななという作家は、そういった描写が抜群にうまい。人間のほんのちょっとしたこだわりや物の考え方などを、とてもミクロな行動パターンのそれぞれに分配し、読者の心の中にエピソードではなく印象を埋め込んでしまう。「だから昔読んだ作品を忘れてもしょうがない」という自分の記憶力の悪さへの言い訳ではなく、本当に素敵な文章を書く作家の場合、何が素晴らしいかを書き連ねるのが非常に難しいという言い訳である。(結局いいわけなのか)

 

とまぁ、そんなわけで、何だか知らないがガッツリ読まされた作品。凄いなと圧倒される反面、この人が仕組みも凄い作品を書いたらいったいどんな凄い作品が産まれてしまうのだろうと、実現しない仮定をしてしまう気持ちは否めない。