蟋蟀作者:栗田有起/ 原作:/ 87点
■女性版筒井康隆のようだ
いやはや、面白い。これまでにちょっと見たことのないような、目新しいタイプの作品。文学的だったり、ホラー的だったりと作品ごとにカラーの異なる短編の詰め合わせにちょっと得した気分になった。一番近いのは筒井康隆かなと感じたが、文体はあくまでも女性作家らしい小奇麗な文体なのだ。その文体が故に「あほろーとる」「猫語教室」などを読むと、まさかそんな方向に引っ張るとはとびっくりしてしまった。個人的にはとても面白かったが、免疫のない人には全く馴染めないかも。旋律は美しいが転調の多い音楽のような感じ。
【サラブレッド】 とある手相占い師の女の物語。彼女の手相占いがよく当たるのには、とある「理由」がある。その理由については本編で読んでもらうとして、未来がわかってしまう人生というのはなかなか辛いものだろうなと感じた。終盤その「理由」が故に占うことのできない人間が登場するという展開がうまい。意外な方向への展開も素晴らしかったが、こうして書評を書きながら思い返すと、あれは「救い」を手に入れる方法でもあるのだな。
【あほろーとる】 バーに飲みに行った際のとある突飛な行動により、秘書官への恋が決定的となってしまった男が主人公の話。突飛な行動の内容も、凄かったが、その後の展開は全くの予想外。まさかそんなところでタイトルに繋がるとは。一番突飛なのは栗田有起の脳内だろう。かなり好きな作品。
【鮫島婦人】 別れた元夫とボートに乗るシーンから物語が始まったときには、江國香織的ドロドロがスタートするものだとばかり思っていたら、予想外の方向に。元夫の設定が面白い。また二人の関係が素敵で、なかなか気持の良い作品。
【猫語教室】 なんだか珍しく地味な作品だなぁと思って読んでいたら、まさかそんなアホなエンディングを迎えようとは....。声に出して読みたい作品No. 1。
【蛇口】 浮気性だがものすごく仕事のできる父親の話。本作を「シュール」と評したサイトを見かけたが、この短編集中では群を抜いて普通の設定の文学的作品だと思う。こういう男って日本文化では蔑まれるけど、動物としては自然だし、国によっては今でも普通の「できる男」像だよね。自分がやる気は全く無いけど、会社のマネージャクラスにはこういう人が多く、大抵男の目から見ても格好良い人が多い。
【アリクイ】 主人公の家の隣に住んでいた幼なじみが妊娠を機に実家へ戻ってきた。何故かテンションが上がりっぱなしの主人公の母。主人公は母には内緒で会社帰りに幼馴染の部屋に通い始める。 なんだか淫靡な展開を想像してしまうのだが、これまた突拍子も無い方向へ物語が進む。...のだが、やっぱり幼なじみの口からとんでもないカミングアウトを聞かされたりする。....ってよく考えると母の作ったあれもそういう意味があったとしたら...とどんどん想像が止まらなくなる。謎を増やしておいて放置する、Sっ気の強い作品。
【さるのこしかけ】 二股されて傷ついた女性が、「なるべく迷惑をかけない方法」で自殺しようとする話。いや、もうちょっと確実な方法選ぼうよ。その後の展開はまたもや放置プレイ気味。筒井氏なら大喜利的な結末をつけてスラップスティックにしてしまうだろうと思う。でもこういう終わりも良いな。
【いのしし年】 歯に衣着せず言えば、ブスが自分の見た目に悩んで自殺未遂をする話。自分にもコンプレックスの塊だった時代があるから、その気持ちはよく分かる。よく「人間は顔じゃない」とか言う人がいるけど、そんなの顔の悪い人からすれば、「お前の顔は悪い」と認定を受けたようにしか聞こえないわけで、トドメ以外の何者でもない。顔の悪い人が聞きたいのは君の顔が好きという本心からの言葉なのだ。 結局、欠点は別ジャンルの美点で補えると誤解されがちだが、ストレスはストレス元自体の解消でしか解決できない。カラオケに行っても仕事の辛さは軽減されず、仕事が出来るようになるしかないのと広義には同じだ。そういったコンプレックスが理解出来ない人には「何をウジウジと」って程度に捉えられてしまい、作品の魅力が理解出来ないかも。そのための「兄」なのだ。
【蟋蟀】 結婚をする気のない男。それを知りながらシングルマザーの道を選ぶ女。男は女からの妊娠の話を保留事項に追いやり、祖母であるタマコのもとを尋ねる。タマコのキャラクタが非常に素晴らしい。こんな老人になりたいと思う。
【ユニコーン】 人の中に潜む「動物」が見える女の話。筒井康隆的展開に楽しく読んでいたのだが、締めが良くできていて感心した。栗田氏自身もそうなのだろううか。
Copyright barista 2010 - All rights reserved. |