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影法師 The Shadow

作者:百田尚樹/ 原作:/ 97点
【送料無料】影法師

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価格:1,680円(税込、送料別)

■出来すぎているぐらいによくできている

 

影法師は「永遠の0」で鮮烈なデビューを果たした作家、百田尚樹による歴史物小説である。舞台はおそらく江戸時代の後期。そこは侍の剣術や役職は殆ど形骸化され、先祖の武勲によって決まった家柄の世襲により、武士たちの人生の9割方が決まってしまうような時代だった。物語は江戸家老を長く勤めた名倉彰蔵が自らの過去を振り返る所から始まる。

 

第1章を読み始めた瞬間、地味な作品だなぁと感じたのだが、2章が始まった瞬間からページを捲る手が止まらない。凄いなこれ。

百田氏といえば、「書いた人を知ると、『永遠の0』で感動したのが馬鹿らしくなる」等と評されるような、わかりやすい関西系のおじさんで、ツイッターをフォローしていると「エロビデオを10本借りたら『小説家の百田さんですか?』と聞かれ、違いますと答えたが、くすくす笑われた」等々のエピソードを披露してくれる、サービス精神旺盛な作家である。

先日も「売れたのは永遠の0だけの似非小説家」などと自称していたので、「デビュー作が最高であとはいまいちの一発屋タイプなのかなぁ」などと思いながら読んだのだが、全然そんな事は無かった。物凄く面白かった。児玉清さんが薦めたからと、永遠の0を読んだ読者の殆どが次の1冊を手にとって無いのであれば、何とも勿体無い話だ。というか、みんな百田氏の凄さが理解できなかったのか??

 

本作の多くの部分は当時の武士や農民がどのような生活を送っていたのか、そういう歴史の教科書を読んでいるだけでは理解できない、当時の日本人の姿の描写に費やされる。それ程出自の良くない主人公たちは、武士とは名ばかりの貧しい生活の中で政治を学び、剣を磨き合う。彼らが考え、もがき、自らの生活や世の中を少しでも良くしようとするリアルな姿に、歌舞伎のようにシンボル化されていた江戸時代の武士が、目前で生活しているかのように鮮やかに描き出されていく様が非常に素晴らしい。

無論本作品の素晴らしい所はそこだけではなくて、魅力のうちの1つは剣豪小説として楽しめる点。そしてもう一つはとある疑問が解き明かされる快感にある。物語終盤に明かされる真実は、あとでよくよく考えるとあまりにも「できすぎ」なように感じなくも無いのだが、上述のように世界の描写があまりに素晴らしいため、ご都合主義な印象は受けなかった。このあたりは表現力の勝利だろう。

 

百田氏の作品は「クライマックスに向け計算されつくされた構造」と「読者を物語世界に引き込む緻密な描写力」の2つによって成り立っている。伊達にあのお化け番組の放送作家を務めていたわけではないな。