宿命作者:東野圭吾/ 原作:/ 79点
■女は負けなければ良い。男は勝たねばならない....のか?
「宿命」は東野圭吾による単発のミステリ作品である。ただし、ミステリといっても大きな謎や手の込んだトリックが登場するようなタイプのものではなく、どちらかというと刑事ドラマ的な構成。本格ミステリマニアは「恋愛禁止」などパズル部分にこだわるものらしいが、そういう人には不向きな作品だと思う。逆に人間の感情の動きなどがリアルに描写された作品が好きな人にはお勧めである。 「容疑者Xの献身」のときにも思ったが、東野圭吾氏は「本格か否か」等という瑣末な事にはこだわっていない。というより、根本的にミステリというジャンルにすら全くこだわっていない。読者はそういったこだわりを捨てた、フラットな目で読んだほうが、この人の作品を正しく評価できると思う。
※以下、ネタバレを極力避けますが、物語の概要に触れます。ネタバレに敏感な方はブレーキ。 勇作は子供の頃レンガ造りの病院の庭に通っていた。そこにいたサナエという女性の元に遊びに行く為だ。サナエは知能に問題があり、大人では在りながら子供のような言動の女性だった。その病院で彼は不思議な雰囲気を持つ、裕福ないでたちの少年と出会う。
勇作が小学校に入ると、そこに病院で出会った少年がいた。彼の名は瓜生といい、勇作の宿命のライバルとなる。努力型の天才で、人気も兼ね備えた勇作だったが、それから高校にいたるまで、一度も瓜生に勝つことができない。勉強でも、そしてスポーツでも。 高校生になった勇作は、サナエのいた病院の印象が忘れられず、医者を志す事となる。一方の瓜生も、留学するとのうわさを覆し、医者を目指すのだという。一浪した勇作は、翌年に万全を期して受験に望むも、不幸な偶然に見舞われ、彼は医者の道をあきらめ、父と同じ警察官となった。
そんな勇作がある日、殺人事件の聞き込みに向かうと、容疑者として現れたのは、彼の宿命のライバル瓜生だったのだ。
作品前半、主役の勇作は「小さな」人間として描かれる。しかし物語が進むにつれ、「そりゃ多少ひねてもしょうがないな」と同情したくなるぐらいに、転げ落ちるような人生を送ってきた事が明らかになる。重松清にでも呪われたんじゃないか、というぐらいの不運っぷりだ。そのため、最初は反感を覚えていたはずの読者も、徐々に勇作目線で物語を追う事になる。 勇作に肩入れし始めた頃に、読者が目にするのは、重要参考人、否、容疑者としての、かつてのライバル瓜生の姿である。証拠こそ無いとはいえ、彼の言動には不審な点が多く、また彼の妻である美佐子の言葉から想像するに、頭は良いが人間的に尊敬できるタイプとは思えない。その結果、読者は自然と彼を「追及」する視線で眺める事となってしまう。実はこの印象は東野圭吾の計算どおり。彼の物語構成力の凄さを示している。
以下、本編を読む必要がなくなるぐらいにネタバレするので、未読の人は読まないこと。逆に、「宿命」というタイトルの意味や、東野圭吾が「最後の1行にこだわった」と発言した意味が良く理解できていない人は、以下をクリック。別に本人に確認したわけではないが、おそらくネタバレ内の解釈で間違いないと思う。
とまぁ、ネタバレ内に書いたような理由で、読者は気持ちよく操作され、ちょっとした救いにニヤリとする事になるだろう。なかなかの名作。
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