レベルE 作者:冨樫義博/ 原作:/ 100点
■バクマンで言う所の「ジャンプらしくない漫画」の傑作
永らく項目だけ設けてて、未稿のままだった漫画レビュー。初の掲載作品として、大好きな「レベルE」を選んだ。というのもこれを書いている2011年の初頭より、アニメ化がなされたからだ。久しぶりにアニメで見ていて、初めてこの漫画を読んだときの衝撃を思い出した。そんなわけでこの作品の魅力を少しでも紹介できればとおもう。
レベルEは「幽☆遊☆白書」や「HUNTER×HUNTER」で有名な冨樫義博による、3つめの連載作品だ。「あれ、HUNTER×HUNTERより前だから2作目では?」と思った貴方、「てんで性悪キューピッド」をお忘れではなかろうか。もっとも冨樫氏自身も無かった事にしたがっているらしいが。
このレベルEという漫画は実験的な要素を持つ作品である。例えば本作は、アシスタントを使わず、冨樫氏ご本人だけで仕上げた作品らしい。そのために月1連載という変則的な連載を採用していた。冨樫氏1人で書き上げた絵柄は、幽遊白書終盤にも見せたリアル志向の墨絵で、力強い単純な線で描かれる事の多い他のジャンプ漫画と比較すると、かなり異質なものであった。
作品内容は宇宙人を題材としたオカルトコメディ物。ただ、コメディものといっても単純なギャグ漫画などではなく、しっかりとした設定や世界観のもと、読者をだます為に念入りに練りこまれたストーリーがあり、その上で笑いがちりばめられている、あるいはストーリー全体として笑いが起こる構成である。スラップスティック的なSFを書く際の筒井康隆の作風に近い。レベルEの主人公が筒井雪隆という名前である事から、確信犯だと思われる。その後の様々な星の描写についても、筒井氏の短編SFとよく似た部分があり、個人的に大好物である。なおこの場合の「似た」というのは方向性の話であり、単なるパロディや模倣という意味ではない。
ちなみにその他の登場人物の名前等にもパロディが見受けられる。例えば、江戸川美歩・蘭蔵親子は江戸川乱歩から、ドグラ星は夢野久作の小説「ドグラ・マグラ」から、夢野九四郎は同じく「夢野久作」からといった具合だ。このあたりのネーミングだけでも、冨樫氏の読書傾向が推し量れる。
オカルト物というと意外な印象を受けるが、実のところ冨樫氏の作品はオカルト物ばかりである。「性悪」は魂を集める為に現世にやってきた悪魔の話だし、幽遊白書はモロに霊界の話。そしてレベルEでは宇宙人を取り扱っている。明らかに雑誌『ムー』的な世界ばかりなのだ。「これでネッシーや超能力が出てきたら完全に『ムー』だな」と思ったのだが、よくよく考えたら、HUNTER×HUNTERにはUMAハンターや珍獣ハンターもいたし、ハンターは念能力者だらけだった。
ところで、第1巻を読み始めると、宇宙人物のストーリーで黒ずくめの男たちが現れる。当然メン・イン・ブラックを思い出す事になるのだが、確認したところMen in Blackは1997年の映画であり、レベルEは1995年の作品だった。MIBより前にこの設定で物語を描いていたのだ。あらゆる意味で時代を超越した作品だったのだなと思う。
レベルEは全3巻16話の作品だが、内容は8パートに分かれる。以下、それぞれについての感想を書くが、作品の性質上、どうしてもネタバレに繋がってしまう。本当に面白い作品なので、できれば未読の人は以下の感想は読まずに、まず作品を買いに走って欲しい。なお、8編には特に名前がついていないため、話数による表記を行なう。
【第1編 No.001 - 003】
以下、概要の為、軽くネタバレ。
ネタバレ1
主人公である雪隆は高校進学を機に山形で1人暮らしを始める事になった。ところが、アパートに到着し部屋に入ると、謎の男が我が物顔でくつろいでいた。しかも彼は自分の事を「記憶喪失の宇宙人だ」だという。彼がいったい何者なのか、また彼が引き起こす問題の数々をどう解決するかが物語の主軸となる。
と説明するとシリアスなSFに聞こえるが、この「彼」のキャラクタがぶっ飛んでいて、非常にこまめに読者から笑いを強奪する。物語は2転3転し、笑いと混乱の入り混じったストーリーは良い意味で筒井康隆作品のそれに近い。嘘っぽい話が本当で本当っぽい話が嘘という構成に、登場人物だけでなく、読者もしっかりだまされる事請け合いである。
以下、内容に触れる為、未読の人は見るべからず。
ネタバレ2
話の流れが素晴らしい。自称宇宙人が本当に宇宙人という展開もそうだが、嘘っぽい事が本当で本当っぽい事が嘘という構成は最後まで貫かれる。小さな驚きも数多く仕組まれていて、クラフトたちの宇宙服や、クライブの話なども明らかに雪隆ではなく読者を騙す為の仕掛けである。最後の「日記」で読者は雪隆と一緒にアホな顔になって脱力する事になるだろう。
また、台詞回し等も殺人的に面白い。「ワレワレハ」や「土下座でも何でも」→「すいませんでしたx2 これでいいか!」等の展開は最高。「奴に関してだけは最悪のケースを想定しろ!奴は必ずその少し斜め上を行く」は漫画史に残る名言である。ただし、有名にしたのはレベルEだが、元ネタはパタリロだというお話だ。考えてみれば、「天才王子と苦労する家来」「天才的な能力を支持率を下げずに国民を苦しめる事に」あたりの設定は完全にパタリロそっくりである。クラフトはさしずめバンコラン役ということだろう。
【第2編 No.004 - 005】
以下、概要の為、軽くネタバレ。
ネタバレ3
林間学校のオリエンテーション中、同級生が何者かに襲われ、残忍に殺されるシーンを目撃してしまった4人は、自分たちも襲われるのではないかと犯人探しを始める。ところが4人のうち1人が早々に行方不明となり、パニックになった彼らは「専門家」として紹介されたある精神病院を訪れる事となる。犯人はいったい誰でその正体は何者なのか。ホラー色やミステリ色の色濃い作品。作風は1編目とは大きく異なり、全体的にシリアス。結末も文学的であり、「本能と知性の間での葛藤」という思春期にありがちな悩みを、別の生命体に適用する事で、倫理感を揺るがす重厚な作品となっている。『見えない胃袋』など用語も慎重に選択され、実に趣深い。
以下、結論に触れる為、未読の人は見るべからず。
ネタバレ4
上記に書いたように1編目とは別の作品として素晴らしい出来なのだが、最後にとんでもない「ちゃぶ台返し」をやられてしまう。平たく言えば夢オチに近い結末なのだ。それはやっちゃいかんだろう!と思いはするものの、「王子のやることだからしょうがないか」とあきらめてしまうあたり、読者は既に世界観に取り込まれているといえよう。
【第3編 No.006 - 009】
以下、概要の為、軽くネタバレ。
ネタバレ5
バカ王子が5人の小学生を戦隊物のヒーローに改造してしまう話。ヒーロー物というよりはどちらかというとRPGのゲーム世界を茶化して遊んでいる作品だ。この手のプロットは往々にしてある為、さほど珍しいものではないが、王子のむかつくっぷりが楽しい点が独自性といえよう。最近どこかでよく似たコンセプトかつ、よく似た絵柄の漫画を読んだような...と10秒ぐらい悩んだのだが、HUNTERxHUNTERのグリードアイランド編だった。そりゃ似てるわな。
以下、後半の展開に触れる内容のため注意。
ネタバレ6
5人が最初は宇宙人の存在を知らない、という設定をうまく生かした作品。唐突な物語のようであるが、実は第2編の終わりにチラリと出てくる通り、地球人に宇宙人の存在を徐々に知らしめようという活動の一環で「も」ある。7割がた唯の遊びだとしか思えないが。女性教師のキャラクタが非常に良い。この人の作品中の女性は、基本的にお姉さん的。子供っぽい主人公を説教するタイプが多い。多分冨樫氏の好みなのだろう。
【第4編 No.010 - 011】
以下、概要の為、軽くネタバレ。
ネタバレ7
マクバク族は雌のみで構成される種族であり、繁殖期になると宇宙をさまよい、配偶者となるオスを探す。ある日、マクバク族の女王が地球に目をつけてやってくる事となった。しかし、マクバク族に選ばれる事にはある重大な危険が伴う為、クラフトたち第1編に登場したメンバたちは、地球人から配偶者を選ばないよう、必死の妨害作戦を展開する。
第2編に続き「別種族の生態」を扱った作品ではあるが、第1編メンバが登場する事もあって、ドタバタ笑い的な作品となっている。解決は力技ってあたりが何でもありな本作品らしい。
【第5編 No.012 - 013】
以下、概要の為、軽くネタバレ。
ネタバレ8
甲子園目前となった雪隆らの野球部だが、勝ち進むにつれ激化するポルターガイスト現象に悩んでいた。そして予選決勝当日、チーム全員がそれまでには無かったような大事件に巻き込まれてしまう。細かい笑いを定期的に挟みつつも、ミステリ的魅力をうまく取り込んだホラーの佳作。「解決編」的なものが少なく、あっさりと終わる点が、「押井版うる星やつら」的な余韻を残して個人的に好み。
【第6編 No.014 】
以下、概要の為、軽くネタバレ。
ネタバレ9
第3編で活躍した子供たちの1人は父の仕事の都合でアメリカに転向する事となった。彼がある「UMA」を助けようと奮闘するお話。まめにレベルアップしておいて良かったね。
【第7編 No.015】
以下、概要の為、軽くネタバレ。
ネタバレ10
第1編より登場するバカ王子が久しぶりに雪隆の元を訪れた。彼はある人間に追われているのだという。珍しくクラフトらと利害が一致した王子は、彼らと協力し、追跡者から逃れる為の逃亡劇を開始する。
追跡者の設定も面白いし、その後の展開も、逃げ方も、結末のひっくり返しっぷりも最高に面白い。1・7・8の3編は非常に物語の主軸がしっかりしていて好みだ。特に1・7は最高。この第7編のこの構成を数話に引き伸ばさず、1話完結にしたのは英断。非常に切れ味が鋭い素晴らしい作品になったと思う。
以下、核心に触れる為、未読の人は見るべからず。
ネタバレ11
さて、件の追跡者だが、実はバカ王子の許嫁であるマグラ星の王女である(この設定は早期に明かされる)。王子の住むドグラ星では20歳までに結婚しないと王位継承権が剥奪される為、王になりたくない本人と、王になられては困るというクラフトたちの意見が一致したわけだ。
で、マグラ星の王女がいかにして王子を追い詰めるかが本作品の見所。第1編での王子を髣髴とさせるその鮮やかな手腕に、王子もクラフトも読者も脱帽。正直惚れた。人をギャフンといわせるのも楽しいが、ここまで徹底的にギャフンといわされるとそれ以上の快感を感じる。どうやら王子もそうだったようだ。
【第8編 No.016】
以下、概要の為、軽くネタバレ。
ネタバレ12
前作より10年ほどが過ぎた頃。バカ王子とルナ(ルナの正体についてはは第7編を読むべし)は旅行に出かけたのだが、そこであるテロ組織に誘拐されてしまう。如何にそこから脱出するか、というお話だ。
王子登場時特有の会話の面白さは相変わらず。これまでに登場した人物等の設定をフルに生かした、最終話らしい楽しいお話となっている。
以下、核心に触れる為、未読の人は見るべからず。
ネタバレ13
解決の糸口となるアレがどうやら娘カナの手によるものだったらしいことも踏まえ、王子家族はあらゆる意味で元気なご様子だ。王子のご両親は非常に善良な方々で、という設定だったはずだが、どうやらその血筋は王子の代で途絶えたらしい。弟に全て引き継がれたのだろう。
ってなわけで、賛否両論あるだろうけど、一番好きな作品なので文句なしの100点。この作品が大好きな人とは、全員友達になれそうな気がする。あるいは同属嫌悪を起こすかもしれんが。
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