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あるキング

作者:伊坂幸太郎/ 原作:/ 79点
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■野球神話

 

あるキングは野球の王様たるべく生まれた主人公、山田王求(やまだおうく)の人生を描いた、伝記、いや、神話物語である。というのも、ここでいう王様というのは、単に打率がトップだとか、ホームランが多いとかっていう話ではなく、お伽話の世界に登場する「王様」を指す、特別な言葉だからである。

 

物語は王求の誕生前夜より幕開ける。彼の両親は、地元仙醍市(仙台をモデルとした架空の都市)の野球チーム「仙醍キングス」の大ファンであった。どれぐらいのファンだったかというと、彼の母が王求を出産するその時も、出産の立会いよりも仙醍キングスの試合結果を見届けて欲しいと、母が自ら言い始めるぐらいである。ぶっちゃけちょっと異常である。

その試合で監督をやっていたのは仙台キングスの伝説的な選手であった男である。実は仙台キングスはダントツで弱いチームだ。セ・リーグには5チームしかいないと言われるぐらいに、5位から大差を付けられた最下位ばかりのチームである。何故そんな事になっているかというと、オーナー企業が、お金をかけて選手を集めるといったことに興味がなかったからである。ところが、彼は非常に素晴らしい能力を持っていたにも関わらず、FA権を得てからも他チームに移籍することはなく、そのままキングスにて野球人生を終えた。正にキングスにとっては神様のような男だったのである。

ところが、この出産中の試合で、彼はファールボールの命中により命を落とすことにある。彼が無くなった瞬間に生まれたのが、本作品の主人公、王求である。

 

以降の物語はただひたすらに、野球界の王である彼の人生を書き綴ったものとなる。彼は野球に全てをかけている。彼は幼い頃から野球にしか興味を持たず、ただひたすら練習を擦ること、野球選手としての精度を高めることだけが人生である。

ここまでの説明を読んだ読者の多くが、「ああ、巨人の星的なやつなのね」と思うだろうが、そうではない。彼は野球に関しては一切挫折をすることがない。人生で苦労することがあっても、野球の能力は常に頂点のままである。敬遠さえされなければ、ほぼ常にホームランという人生を送ることとなる。何故なら、彼は王だからである。

 

本作品は、たまたま舞台こそ野球ではあったものの、アキレスやペルセウスなど、伝説の中の主人公を描く形で描かれた、神話的伝記作品である。彼は神話の主人公であるがゆえに、意味を持って生まれ、必要な苦境に立たされ、それをはねのけて活躍をし、意味のあるしを迎える事となる。

本作品の1つの楽しみ方はそういう、「神話の登場人物の活躍物語を、現代風に置き換えたらどんな事になるか」という読み方だろう。恐らく一般的にはそういう解釈が多いのではないかと思う(…と思って検索をかけてみたら、意外と普通の人間の人生としての評価がいろいろ論じられている感想が多くて驚いたけど)。しかし、見方をちょっと変えると、現実に存在する天才たちが、偶然という名前の必然性によって生み出されている事実を描いているように見えて仕方がない。

 

多くの読者は主人公の彼を「可哀想」と評しているようだ。しかし、僕から見ると彼は「美しい」と思う。荒波に削られてたまたま美しい形となった海岸の岩がそうであるように、彼は偶然という必然が創りだした、とても特異で美しい形状の1つなのだ。