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最果てアーケード

作者:小川洋子/ 原作:/ 83点

■精神的ゴチック

 

小川洋子という作家のことを、自分は「病気の作家」と捉えている。小川洋子が病気という意味ではない。作品中に、病気や欠損のある人物が登場し、それが物語の中で大きな役割を果たしていることが多いからである。しかし、本作品は少し違って、ちょっとノスタルジィで穏やかな短編が続く、長閑な作品だなぁと感じた。…のだが、裏切られた。

 

物語の舞台は、とあるアーケード街である。どこの街にも一箇所ぐらい、昭和40年代ぐらいにピークを迎えたと思しき、見捨てられたアーケード街があるものだ。大型のスーパーやデパートの登場により、客の数が減った現代のアーケード街は、時間に取り残されてしまったかのような独特の雰囲気を持っている。いつから存在するのか分からない店には、いつから置いてあるのか分からないような商品が並び、はなから儲けなど諦めているかのような店が、静かに林立している。

主人公の少女は、一つの章ごとに一つの店について語る。古レース屋さん、古メダル屋さん。詳細に語られる物語はリアリティにあふれるが、冷静に考えるとあるはずのない職業の物語である。いや、あるのかもしれないけれど、その現実なのか虚構なのか判断しかねる物語を、ずっと読まされているうちに、ノスタルジィな穏やかさがやがて、ゆるやかな悪夢のように変貌する。しかし、その変化があまりにゆるやかなため、読者は悪夢を見せられていることに気が付かない。

 

物語の結末は衝撃的なもので、そこにいたって漸く、自分が少しずつ悪夢に引きこまれていたのだということに、読者は気付かされることになる。何と本作品は、読者に心が病気になった体験をさせるという、強烈な構造なのだ。静かだけど恐ろしい物語。