バイバイ、ブラックバード作者:伊坂幸太郎/ 原作:/ 97点
■実験的作品なのにキャッチー
伊坂幸太郎の作品といえば、ちょっと不思議な異世界的設定のものと、饒舌な主人公が牽引するタイプのものがあって、ってのはもう毎回書き飽きてる解説だが、これは前者にあたる。個人的に大当たりは前者に多いのだが、文学的な分好みが別れるものが多かったりする...のだが、これはドンピシャにハマった。
以下、物語の構造に触れます...が、例のごとく何も知らずに読んだほうが面白いと思います。ネタバレにシビアな方は読後にご訪問ください。
物語の主人公である星野は何だか気の弱そうな男性だ。物語の冒頭、彼は廣瀬あかりというイチゴ狩りで出会った彼女に別れ話を切り出そうとしている。そしてその理由を、隣にいる繭美という女性と結婚することになったから、と説明するのだった。 ここまでの説明を読むと、何だか江國香織的なドロドロした恋愛小説を想像してしまうが、そうはならない。というか、読者の目線から見ても直ぐにその可能性は否定される。何故なら彼が繭美と結婚しないことはすぐに明らかにされるからである。そしてその事は廣瀬にも直ぐに伝わる、何故なら繭美は180cm・180kgの巨大な女性で、一般的に見て突然結婚相手として選ばれるような相手には見えないからだ。
しかし物語は彼と繭美の奇妙な会話とともに、いかに彼女に別れを納得してもらうかという形で展開される。そしてその形式は5回も繰り返されることとなるのだ。
以下、ややネタバレのため注意。
とにかくこの物語の設定が、抜群に面白い。実は本作品、太宰治のグッドバイという作品をモチーフとして作られたものである。原作も5人の女性と同時に付き合っていた男が、別れ話をしに行く話なのだが、本作品の場合、その理由がぶっ飛んでいるし、別れを成立させるためのアプローチが面白すぎる。
ちなみに、内容には直接関係しないが、この作品が書かれた「方法」も非常に面白い。6つの短編の形で構成された本作品は最後の一章を除き、全て「手紙小説」という執筆方法で描かれたものである。どういう事かというと、抽選を行なって当選した、1章あたり50名の一般人に手紙の形で提供されたのである。つまり、たった50人の読者は多の章がどのように展開されるたのかも知ることなく、物語に触れることとなった。 これは第四の壁をぶち破る実験としては非常に斬新なものである。作品中の5人の女性たちは、主人公星野の行動の意味する所を正確には理解し得ない。また、他の4人に何が起こったのかを知ることは出来ない。それぞれの章のそれぞれ50人の読者達は、女性たちと同様他の4人の体験を全く知ることが出来ず、(星野達の行動の理由こそ知っているとはいえ)女性たちに近い目線で物語と触れたこととなる。そして最終的に単行本として完成したものを読んだ時に、初めて通常の小説の読者としての視点で、物語の全体を把握しうるのだ。 筒井康隆の「朝のガスパール」の執筆手法にも驚いたが、これほど労力の割に報われない手法が取り入れられるというのは、「最近自分のために書くようになった」という伊坂氏の台詞がウソでないことの証拠だろう。彼は確実に芸術家としての小説家への道を進んでいるように思う。
閑話休題。この物語の面白いところは、5股男の星野があまり悪人に見えない点だろう。女性から見ると極悪人にしか見えないのかもしれないが、少なくとも自分の目から見ると、日本の文化・制度にフィットしなかっただけで、極めて善良な男に見える。 しかしそれでもなお、その彼の個性が女性を結果的に不幸にしているという怒りはあるわけで、微妙な気持ちで読み進めていたのだが、その微妙な気持も吹き飛ばしてくれるようなラストが素晴らしい。尻切れトンボの中途半端なエンディングなのに、作品として綺麗に語り尽くされている。 これまでも、「SOSの猿」や「魔王」などあえて結末を書かない作品は存在したが、何だか僕にはすっきりしなかった。その点、この締めは最高に素晴らしいと思う。
以下、読むと僕の脳内イメージに作品が支配されることになるので、ネタバレじゃないけどネタバレ内に収録。勇気を持ってクリックせよ。
Copyright barista 2010 - All rights reserved. |