聖夜 School and Music作者:佐藤多佳子/ 原作:/ 93点
■正しさに真正面から取り組む、逃げることのない作品。
「聖夜」の主人公はとあるミッション系の学校に通う少年である。彼の父は牧師であったため、ミッション系の学校に通うことは半ば必然的なものだった。彼は母の影響で幼い頃よりオルガンを勉強していた。そのせいか、単に絶対音感を持つというだけではなく、彼は非凡な音楽的才能も持ち合わせていた。 そのような生い立ちの彼は、学校の中でも非常に積極的に宗教的活動に取り組んでいた。オルガン部をつくって部長を務め、ミサの際にはオルガンの演奏をする。そして聖書の中の出来事を理解するために、同じ学校の生徒と熱く意見をぶつけあう。
ただ、彼はキリスト教に対する信心を持っていなかった。
この物語の主人公はとある理由により、神への感謝の気持ちを持つことができない。その事は物語の冒頭の議論で、別の事例を持って語られる。素晴らしことがあれば神のおかげだと感謝しなければならない。辛いことがあれば神の試練だからと耐えなければならない。では戦争や犯罪で虐殺された人々は、それを試練だからと喜んで耐え忍び受け入れなければならないのかと。
以下、上記理由に関するネタバレ。
上記ネタバレ内のような理由で思い悩んでいたがゆえに、彼はあまり人と深い関係を持つことのないよう自然と距離を置いていた。そんな彼に興味を持つさまざまなメンツが、主人公が感情に乏しいにも関わらず正統派な青春ドラマを提供してくれて、途中でダレることがない。 また、途中で全てを台無しにするような行動を彼が取るにもかかわらず、物語はそこで破壊されない。この展開から物語を破壊せずに、全ての登場人物に真正面から問題に取り組ませた作品は少ないと思う。そういう意味でもすごい作品だと感じた。
以下、物語の結末に触れます。
ネタバレ内のような理由で解放された彼は、キリスト教への愛ではなく、万物への愛を語る。自らが存在すること、今自らの回りにあるもの、それら全てに、教義に関係のない、いわばスピノザの神に感謝することになるのだ。お陰で読後感は非常に清々しい。青春小説だからと若者に限定せず、むしろ汚れきった大人にこそ読んでもらいたい作品のような気がする。
ところでこの作品、途中の音楽についての描写が非常に素晴らしい。聞いたことのない音楽家の聞いたことのない曲の演奏技術を、非常に細々しく描いているにもかかわらず、飽きることなくむしろその描写の魅力で読み進めさせられてしまったぐらいだ。読後にオイヴィエ・メシアンの曲が聞きたくなることうけあいである。世の音楽雑誌の方々は彼女に紹介文を書かせてはいかがだろうか。 Copyright barista 2010 - All rights reserved. |