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夜のピクニック

作者:恩田 陸/ 原作:/ 70点
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価格:1,680円(税込、送料別)

■青春を振り返り、そして明日へつなげる為の行進

 

「人生を好きな時代に巻き戻しても良い」と言われた時、みんなが選ぶのはおそらく中高生時代なのではないだろうか。燃えるような恋心をいだいた、或いは悔やんでも悔やみ切れないほどの失敗をしたなど、人によって方向性は違えども、思春期の浮き沈みの大きさはみんなの心の深く刻み込まれているはずだ。

 

本作品はそんな人生で最も浮き沈みの激しい時代の一つである、高校3年生の心を等身大に描いた、良質な青春小説である。

主人公たちの所属する学校には修学旅行がなかった。代わりに「歩行祭」と呼ばれる、24時間かけて80kmあるくイベントが毎年一回ずつ実施されていた。この物語は高校3年生の、最後の歩行祭に参加した少年・少女たちの心のなかを描いた作品であり、道中の会話だけでストーリーは完結する。

 

以下、物語の概要に触れるため、ネタバレ嫌いの人は注意願います。

 

物語の主人公は西脇融と甲田貴子の二人である。二人は実は腹違いの兄妹なのだが、その事実を誰にも---それぞれの親友にすらも告げずに高校生活を送ってきた。ところが高校3年生の春、皮肉にも二人は同じクラスに入ってしまうのである。二人はお互いを意識しあい、一度も口を効くことなく高校生活を終えようとしていた。しかし、高校3年生の最後の歩行祭において、兄妹の妹である甲田貴子はとある賭けを行なうのであった。

 

いや、これは面白い。正直これまでに読んだ恩田陸作品はどれも「あと一歩足りない」というイメージだったのだが、その印象を払拭するような面白さだった。

この作品の素晴らしさの殆どは、登場人物たちの心理描写にあると思う。本作品では、思春期の無駄なプライドや恥ずかしさや意地やコンプレックスなどにまみれた、微妙な精神状態が、多数の登場人物たちの個性として表現されており、地味な学生生活を送った人も、お調子者だった人も、何らかの共感を得る事ができる構造になっている。

また、長距離を歩く人間の心理描写が巧く、一度も長距離の歩行などやったことのない読者も、気づけば彼らと一緒に歩行祭に参加した感動が得られるような、そんな作品なのだ。

 

描写力だけではなく、ストーリー的にもちょっとした仕掛けがあって退屈しない。冷静に考えると、そこら中綻びだらけで、「いやいや、たまたま巧く行っただけで、あの時○○が××したのが△△の前じゃなかったら、話はとんでもない方向に進んでいたし」と奥様が突っ込むぐらいにいきあたりばったりな部分もあるのだが、「心意気は伝わった」的な力強さで物語は大雑把に(良い意味で)進んでいく。

 

 

氏の作品を三冊読んでみて感じたのは、恩田陸という作家は人の思いとか感情をまっすぐぶつける作品や、細やかな心の動きを描写する作品が向いているのだということ。逆にミステリやSFなど仕組みの面白さに依存した作品は作風に合わないのではないかなと感じた。本作はそういう意味で「当たり」の作品なので、安心して読んでもらえば良いと思う。自分には登場人物たちのような華々しい青春はなかったけれど、そんな地味な学生生活を送った僕らの心にも甘酸っぱい何かが込み上げてくるような作品だ。