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むかしのはなし

作者:三浦しをん/ 原作:/ 93点
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価格:1,575円(税込、送料別)

■人の生きた証の記録

 

「むかしのはなし」は古い童話の設定を元に描かれた、短篇集の形をなす作品である。それぞれの短編の冒頭には、竹取物語、浦島太郎など、慣れ親しんだ有名な童話の要約が掲載されており、物語はそれに近しい設定をもつという構造になっている。うんうん、なかなか面白い構造だなと思っていたのだが、読み進めるとそれだけではないことに気づく。

これ、しっとりとした日本映画として映像化されないかなぁ。意外と映像化に合うと思うのだが。

 

【ラブレス】

1作目は「竹取物語」がモチーフ。代々早死の家計に生まれた主人公が、案の定命の危機にさらされながらメールを打つ。人は意外なほど誰かに覚えていた欲しいものなのだな。

 

【ロケットの思い出】

2作目は「花咲か爺」がモチーフ。空き巣の常連の警察での独白の形で描かれる物語だ。彼の独白は彼がまだ小学生の頃から始まる。村上春樹の「パン屋襲撃」のような切ない馬鹿騒ぎの空気が切なくて心地よい。かなりお気に入りの一作。

 

【ディスタンス】

3作目は「天女の羽衣」がモチーフ。主人公は非常に年上の男と恋に落ち、そして捨てられたことにまだ気づかずにいる。何だか「完全なる飼育」を思い出すような、グロくないサイコホラー。しかし、今思い返すと天女の羽衣って結構とんでもない話だな。

 

【入江は緑】

4作目は「浦島太郎」がモチーフ。同じく三浦しをんによる「光」によく似た空気で、文学的な方向に走るのかとおもいきや、まさかのSF方向へ。「浦島太郎は日本最古のSF」という説もあるから、ちょうどいい構成ではある。

 

【たどりつくまで】

5作目は「鉢かつぎ」がモチーフ。映画「タクシー・ドライバー」のようなちょっとした日常の不思議な話を描いているのかとおもいきや、物語は予想外の方向に。

ただこれ、鉢かつぎとの物語の連携性は薄いよね。

 

【花】

6作目のモチーフは「猿婿入り」。これは余りメジャーじゃないかも知れないが、有りがちな婿入り・嫁入りパターンの童話の中ではちょっと異色な作品である。脅威で有る筈の「猿」があまりに一途で、読者の多くが嫁よりも猿に肩入れしてしまうはずだからである。

本作品でもそのカラーは見事に引き継いでいる。主人公は男からの熱烈なアタックに押されて結婚したものの、自分の結婚に後悔している女である。ただ、その結婚への選択に踏み切った理由が面白くて、モチーフと巧く対応している。

 

【懐かしき川べりの町の物語せよ】

最後の7作目は「桃太郎」がモチーフ。主人公はとある理由により、学生時代の同級生である百ちゃんについて語る。百ちゃんはいわゆる不良少年である。ただし、悪人なのではなく、善悪の概念が人とズレている、というか善悪を考えたことがない男なのだ。

なぜ主人公の彼が百ちゃんの物語を語っているのかが明らかになった瞬間、これまでのすべての物語の意味がつながり、本作品の意図しているものも明らかとなる。単体の作品としても非常に魅力的な短編。

 

【あとがき】

「昔話」の魅力、そして本作品の意図を語っている。現代に伝わっている有名な昔話にも本作品のような実在の人間の、何らかのエピソードが元になっていたのではと考え始めると、視界が急に色を変えるように思う。