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ソーシャル・ネットワーク

監督:デヴィット・フィンチャー/ 原作:ベン・メズリック/ 87点

■IT業界での常識は一般人にとっての非常識

 

ソーシャル・ネットワークは今や知らないものはいないであろう、世界最大のSNS (Social Network Service) であるfacebookの創始者である、マーク・ザッカーバーグを主人公とした映画である。物語はマークがいかにしてfacebookを立ち上げ、いかにして世界最大のサービスへと拡大したのかという成功譚と、彼が被告人となっている権利問題に関する裁判のシーンを交互に描くことで構成されている。裁判に参加してる面々が誰なのかを知らない視聴者は(自分は幸運にもそうだった)、誰がどういう関係者で、何故裁判を行なっているのかがさっぱり分からないため、ちょっとしたミステリ的な楽しみを持って、退屈せずに見ることができる。

 

本作品の原作は一応、ベン・メズリックの 「facebook 世界最大のSNSでビル・ゲイツに迫る男(原題:The Accidental Billionaries. ...って誰だ、日本語版タイトルつけた奴。酷いなコレ...。)」ということになっているが、実はベンが「こんなの書こうかと」と持ってきた10枚ぐらいの原案を元に作成したらしいので、内容はあんまり関係ないらしい。って聞くと逆に原作本が読みたくなるねこれ。

また、本作を映画化するに当たり、監督はマーク・ザッカーバーグご本人に取材を申し込んだが、断られたとのことで、どこまでが真実なのかはよく分からない映画となっている。とはいえ、雰囲気は充分で、多分大きく外してはいないのだろう。というか、それ程複雑な物語ではない。

 

本作品の一番の見所と言えば「マーク・ザッカーバーグの異常性」にあるのだが、おそらく一般人とIT系の人の間でその異常性に対する評価は180度逆になるだろう。

おそらく一般人の視聴者は「凄く頭の良い人ってのは人間的には変な人なんだなぁ」ってあたりを感じたのではないだろうか。一方IT系の人間は「馬鹿な奴はブレーキがないから成長しちゃうんだな」と感じる筈だ。

例えば、われわれIT系の人間からすれば、facebookの立ち上げに1ヶ月ってのは「遅いな」と感じるペースだ。仕事としてやるなら別だが、趣味としての開発かつ大学生で、授業にもろくに出ずに開発するのなら、1週間もあれば同じ機能は実現できる。スケーラビリティを考慮して素晴らしい設計にするために、時間がかかったのかも知れないが、だったとしてもあの開発速度は決して速いとは感じない。高々大学内で使うシステムにそんなに時間がかかるのかという印象だった。

そんなに「遅い」って言うなら自分で作ってみろよと言われそうだが、大抵の人は作らない。作れないのではない。作らないのだ。何故かというと先を考えてしまうからだ。サービスを立ち上げるのには費用がかかる。人気が出ればサーバーの増強や、パフォーマンス構造のための再設計が必要となる。落ちないサービスにはお金がかかるし、トラブル対応のためには自分の時間が食い取られる。人気が出ればパッシングも増えるし、攻撃を受ける率も高まる。個人情報が漏れれば世間から叩かれる。しかも、売り切りのソフトと違い、こうした「サービス」の場合、永遠にこの苦労を続ける覚悟が必要となる。

したがって、よっぽどの大金につながる保証でもない限り、こうしたサービスの立ち上げに普通の人は手を出さない。或いは暇な大学生が手慰み程度の規模で初めてすぐに辞める程度だ。だから、マークが何故成功したかといえば、そういう先のことを何も考えずに、利益化のことも深く考えずに、それでいながら本気でお金をかけたスペックで事を始めた「無謀さ」が全てである。

この無謀さを「先見の明」などという馬鹿馬鹿しい慣用句でごまかすなかれ。この手のサービスを無謀にも始める奴は世界中にゴマンといる。その他大勢の大失敗の山の中、たまたま成功した奴の人生を取り上げているに過ぎない。宝くじは買わないと当たらないが、当たった奴をみて「買えば当たる」と思い込むのは馬鹿である。懸命な人は宝くじに人生をかけない。宝くじだとイメージが柔らかいなら、馬券と言い換えても良い。

彼の人生から十分条件は導き出せないが、必要条件は導きだすことができる。それは「誰より早く」「大きな規模で」「利益よりもまずは大きくすることを考えて」「単純に」「クールに」やれということだ。これらはwebサービスの必要条件といえよう。同じ手法で大きくなったのがご存知Googleである。

 

もう一つIT業界の人間と一般人の間で感想が大きく分かれそうなのが「盗作」の問題である。本作品中でのマークは、Harvard大学名簿サイトの案を盗んだということになっているが、IT業界においてそれは盗作と呼ぶにはあまりにも大したことのない行為だ。

一般的にソフトウェアは「著作権」によって守られる。著作権は「実現する結果」ではなく、その表現を保護するものである。例えばホラー小説なら「読者を脅かす」という結果ではなく、登場人物のセリフや、細かい設定にこそ著作権が適用される。

したがってソフトの場合も誰かが「掲示板」を作ったからって僕が掲示板のプログラムを作っても著作権侵犯にはならない。しかし、誰かの掲示板のプログラムソースを盗んできて、それを利用してmixiを作った場合、出来上がった結果は違っても著作権侵犯として訴えられることになる。

したがって、ソフトウェア業界において非常に自身のあるアイデアが存在した場合、その細かい「手段と実現する結果」に対し、特許を申請する。著作権は創作の瞬間に自然発生するが、特許は申請しないと発生しない。

 

さて、本作では「大学名簿共有サイトを作らないか?」と誘われたマークが、「大学のメアドを持ってないと登録できない自己紹介サイト」を自力でゼロから作り上げているが、彼は上記のどちらに違反しているだろうか?著作権侵犯?いや、彼はプログラムをゼロから作っている。特許侵害?誘った側はまだサイトを立ち上げてもいないし、特許も申請していない。そもそもSNSという構造自体はmixiなどを見て分かる通り、あまりにも一般的なものであり、そんな漠然としたものに特許は与えられない。

したがって、彼が犯した罪と言えば「友達を裏切った」という人間的な部分ぐらいである。人としては良くないことをしたけど、お咎めなしってあたりが本来なら妥当なんじゃないかなぁ。多分実際の裁判ではマークが人として折れたのだろう。おそらくITに詳しくない人は、この辺りを全然違った印象で映画を見たのではないかと思う。

 

なので個人的にはあの裁判のシーンはもう少し描き方を考えて欲しかった。とはいえ、そこまで含めちゃうと、この映画が冗長になっちゃうから、もう何も詰め込めなかったんだろうけど。

 

実はこの映画、当初計画通りにセリフを喋って時間を測ってみたら、上映時間が3時間を超えそうになったのだという。で、仕方なく死ぬほど早口で喋らせた。そしたら、何だかスピード感がでて良くなってしまったらしい。確かにあの早口のしゃべりは、如何にもITの申し子らしくて良かった。ただ、自分は若干英語を勉強してたんで、セリフのほうが半分ぐらいは聞こえて面白かったけど、そうじゃない人はちょっと損してるかも。なんせ、日本語字幕は実際のセリフの1/3ぐらいしか喋ってないのだ。なので英語が苦手な人は日本語音声で見たほうが楽しめるかもしれない。って日本語音声で見てないんで、再現度は不明なんだけどね....。

 

とまぁ、映画の説明だかソフト業界の説明だか解んなくなったけど、かなり面白い映画なので一度はお試しあれ。多分感想は「俺は金持ちにはなれない」だと思う。