仏果を得ず作者:三浦しをん/ 原作:/ 93点
■一つの芸事に人生をかけるということ
ここんところ三浦しをんの作品を好んで読み続けてきたのだが、これ良いよ。かなり良い。三浦しをんという作家の良さが存分に発揮されつつ、いつものようなおちゃらけた感じが無い。柔らかく読んで、ズドンと心に響いた感じ。名作。
「仏果を得ず」は文楽の世界を描いた小説である。この時点で既にちょっと楽しい。小説の魅力の一つは自分の経験していない世界を疑似体験できる点にある。とはいえ、中高生ならまだしも、アラフォーの響きが聞こえ始めたサラリーマンにとって、惚れた腫れたを取り扱った恋愛小説なんて、いい加減うんざりである。 必然的にだんだんと奇抜な設定の物語を好むようになるのだが、奇抜になればなるほど、今度は理解が難しくなる。したがって、そのハードルを超えた作品は名作となる可能性を秘めている。例を挙げると「ギャラリーフェイク」「ソムリエ」「ヒカルの碁」「ハチワンダイバー」「3月のライオン」「へうげもの」等だ。どれも一般人には理解し難い世界を、見事に理解可能に、或いは理解できずとも、その空気だけを抽出して読者に提供することに成功した作品である。 本作品は文楽というおおよそ現代の若者には理解不能なジャンルにおいて、それに成功している。なので、その時点で十二分に面白い。
しばらく読み進めるとこの物語の構成に気づく。各章のタイトルは文楽の題名となっており、その物語の内容が、主人公の健大夫の身の回りの事件と少しずつリンクして物語を構成する。「なるほど、うまくできているなぁ」と、本作品の魅力を理解したつもりになって、中盤を読み進めたのだが、本当の魅力はその先にあった。
以下、ネタバレとなるため、未読の人はストップ。勿体ないから。
ネタバレ内に構造的な魅力を色々と語ったのだが、本作品にはそれ以外にも重要な魅力がある。それは、誰一人といて嫌な奴が居ないということだ。登場人物全員が好きになれる作品なんてなかなか無いだろう。 少年漫画の「王道」理論なんかだと、主人公がいて、嫌味なライバルがいて、ヒロインがいてなんて構造が無いと物語は面白くない!と軽々しく断言したりしているが、そういう典型的構造なんかなくたって面白い作品は面白いのである。ライトな読み味ながらなかなか深い作品だなぁと感じた。
(webでしらべたら、この構造にBLを想像する腐女子が多いのにビックリしたが....)
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