孤高の人作者:新田次郎/ 原作:/ 80点
■傑作の名に恥じぬ出来栄え...なのだが...
「孤高の人」は山岳小説の大家である新田次郎の作品の一つである。山岳小説と言えばチームとしての活動の美しさなどに目を向けたものが多い中で、本作品ではそのタイトルの通り、たった一人で山を登り続けた男の物語が描かれる。 主人公の名は加藤文太郎。彼は実在の人物である。ディーゼルエンジンの設計など、仕事においても名を残した男である一方、非常に不器用で人付き合いが上手くなく、結果的にひたすら一人で山を登り続け、その健脚により様々な伝説を残した男である。 物語の冒頭に描かれていることなので、ネタバレ扱いしなくて良いだろうと判断し、あえて書いてしまうが、彼は生涯でたった一度だけパーティーを組んで山を登り、そのたった一度だけの経験にて命を落すことになる。何故そのようなことになってしまったのか、その真実を、加藤文太郎の残した手記を元に新田次郎がノベライズしたのが本作品である。
本作品は上下巻にわかれておりかなり長いはずなのだが、とにかく読まされる文章であっという間に終盤まで読み進めてしまった。上巻の冒頭は蟹工船かというぐらいに、職業訓練学校時代の厳しい生活が地味に描かれて、なかなか苦しいのであるが、中盤になって彼の登山シーンが多く登場するにつれて、ページを捲る手が止まらなくなる。そもそも読者としては神の視点で描かれた小説よりも、一人称で描かれた小説のほうが感情移入しやすい。ところが本作品の場合、描かれているシーン自体も一人で山を登る場面ばかりなので、その一人称の心理に読者がどうしたって同化してしまうのだ。
いやはやこれは正に名作だなぁと思いながら読み進めたのだが、物語終盤、とある個人的な理由でちょっと嫌な気分になってしまった。 以下、完全なネタバレなので注意。
本作品はかなり名の売れた名作であり、つい最近も週刊少年チャンピオンにおいてコミック化がなされていた。原作が戦前の物語であるのに対し、漫画の方は現代の高校生から物語がスタートすることもあり、随分と毛色が異なる。ただ、登場する人物の名前やその立場などはかなり酷似しており、小説で苦しい思いをした人は、漫画版を読むとホンの少しだけ救われるかも知れない。漫画の結末こそが加藤文太郎が本当に望んだ人生だったのではないだろうか。
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