攻殻機動隊 S.A.C. episode 16 心の隙間 Ag2O
監督:神山健治/ 原作:士郎正宗/ 81点
攻殻機動隊 Stand Alone Complex episode 16
- standalone episode:心の隙間 Ag2O
■錆び付いてしまった...
「心の隙間」はバトーがとある元銀メダリストの身辺調査を行なうというエピソードである。当然、stand alone episodeなわけだが、そんなことより何より、いきなりのドナドナに俺号泣。
何がドナドナかっていうと、タチコマがとうとうラボ送りとなってしまうのだ。で、「ドナドナドナ〜」とうたいながらタチコマが出て行くシーンにもう涙涙である。...のだが、最近DVD版でみたらちょっと違和感。何かなと思ったら、歌が「赤い靴〜は〜いてた女の子」に代わっていたのだ。後で調べたら、ドナドナは著作権等々の関係でTV放送はOKだが販売はNGという曲だったらしい(なんだそりゃ)。個人的にはドナドナの方が作品中での意味合いに合ってて良かったのだが。
以下、ドナドナの意味についいての解説。作品を見た後で読んでほしいのでネタバレ内に隠しておきます。
ネタバレ1
ラボ送りの際にこの歌を聞いたバトーが「お前等、その歌の意味分かってんのか?」と訪ねる。タチコマたちはもちろんそんな事はわかった上で、自分達の立場になぞらえて歌っている。「赤い靴」版だとタチコマの答えは、「やだなぁ、知ってますよ。女の子が異国に連れて行かれちゃう歌でしょ?」「母親が開拓地に入植するんで、異国の神父に預けられちゃうんだよね」「そうそう、家族愛が貧困に負ける歌なんだよね」「そうそう」というもの。
一方のドナドナ版のほうはこんな感じ。「やだなぁ、知ってますよ。仔牛が市場に売られちゃう歌でしょ」「自己の存在を継続していく上で人が重要視するものは心情よりも経済的な因子って事でしょ」「そ〜そ、友情が貧困に負けちゃう歌なんだよね」「結果的にね」
よく似せているが若干意味合いが異なるのが分かるだろう。TVのドナドナ版の方は「経済的な因子」=「タチコマの装備としての価値」、「心情・友情」=「バトーのタチコマへの愛着」、「結果的にね」=「友情と比較するつもりは無くても、必然的にそうせざるを得ないというやむをえない決断」という1対1の対応が美しく実現されている。特に重要なのは、タチコマも仔牛も「最初から経済的理由の為に導入されたor飼われていた」物であるということ。どっかの「ペットとしての豚を食べよう」とのたまった馬鹿教師と一緒にしてはいけない。ましてあんな本or映画をみて感動している馬鹿たちの事は知らん。....いや、話が脱線した。つまり、「ラボなら大発見だが、兵器としては致命的」という素子の判断を説明されたor推定した上で、だからしょうがないよとバトーを慰める気持ちが、そこには含まれているはずなのだ。
一方の「赤い靴」の方はちょっと意味が違う。子供は経済的目的で作るものではない。それが金銭的理由で手放さざるを得なくなった。結果的に愛が貧困に負けた、という歌である。この構造をそのまま適用すると「バトーが最初から仲良くするためにタチコマを購入。溺愛していたが、兵器としての実用性がないといわれ、泣く泣く手放した」と言う事になってしまい、バトーの無計画性や愛情の薄さを攻めるかのように聞こえてしまいそうになる。なんとか台詞を工夫して、そう聞こえないように努力しているのは良くわかるが、ドナドナのハマリっぷりに比べるとちょっと物足りない。何とか著作権の問題を解決して、DVDにドナドナ版を復活させられないものだろうか。
えっと、上記ネタバレ内に殆ど本エピソードで語りたい事の全てを語ってしまったので....いや、ちゃんと残りも説明いたします。
上記のような理由で不機嫌なバトー。気遣うトグサに対し「そんなこと無いぜ、俺はこのザイツェフって野郎の大ファンだったからな」と答える。このザイツェフという男はボクシング(義体化部門)の銀メダリストだった。しかしそのザイツェフにはスパイ容疑がかかっており、その調査にバトーが指名されたのだ。
既婚の空軍隊員を装い、打撃訓練を通じてザイツェフに近づくバトー。ボクシングで挑戦するも、バトーはあえなく返り討ちに合う。なんでもザイツェフは「義体の隙」をついて相手を倒すのだというのだ。
ともかくザイツェフに近づくのの成功したバトー。ザイツェフも話のわかる男だとバトーに共感し、一緒に酒を酌み交わす仲となった。さて、ザイツェフの正体とは...というのが物語の骨子。
正直既に語りたいことは語ってしまったのでどうでも良いが(しつこい)、物語の結末に触れるので、以下ネタバレ。未視聴の人は見ないこと。
ネタバレ2
結論から言えばザイツェフは黒だった。大事な試合で金メダルを取り逃した結果、やさぐれたザイツェフは重要なデータを売り渡すスパイになり下がったのだ。そして彼は先日の打撃訓練でバトーに手を抜かれたのがわからないぐらいに、ボクシングの腕すら錆び付いていた。
バトーが彼に言ったとおり、彼の暮らしぶりはそう悪いものではなかった筈である。美しい奥さんをもらい、銀メダリストとはいえ、多くの栄光も手にいいれた。しかし彼はそういった、1位でない人生を認めることが出来なかった。金メダルを取れなかったことはコンプレックスに変貌してしまっていたのだ。彼のそういった傾向は地酒である「メドブーハ」を全否定した行動にも現れている。彼にとってそういった地味なものは、素晴らしい物に含まれなかったのだ。
バトーがずっと不機嫌だったのは、彼がザイツェフに近づくためではなく、本当に彼のファンだったからである。戦争のために已む無く全身義体となったバトーにとって、義体オリンピックのメダリストであるザイツェフは本当のスーパーヒーローだったのだ(というような感情を持つということは、素子と同様、バトーも望んで全身義体の体になったわけではない事実を示している。あまりバトーがかそういう感情を見せることはないため、その点ではなかなか重要なエピソードである)。
タイトルの「Ag2O」とは「酸化銀」の事である。つまりこのタイトルは「錆びた銀メダリスト」という意味なのだ。バトーにとって金メダリストであるか銀メダリストであるかはあまり問題ではなかった。しかしザイツェフは金が取れなかったことを悔やんで、本来であれば輝かしい戦歴であるはずの銀メダリストという栄光を、錆びつかせてしまった。
「メドブーハ」は身近な幸せの象徴であり、それに満足できなかったザイツェフへの怒りが、バトーの最後の「くそったれ」には込められている。タチコマのラボ送りに対し、頭では正しいと理解しつつ、心では寂しがっており、一方でそれをタチコマ達は寂しがってくれないことへのやるせなさまで含めた、処理しきれない感情がそこに追加されていたのは言うまでもない。バトーにとって憧れと愛情の対象を同時に失った最悪の1日だったのだ。
とまぁ、そんなわけで、地味な話であるにもかかわらず、バトーという人間を理解する、あるいはサブストーリーであるタチコマサーガの理解のためには最重要の本エピソード。真の攻殻ファンなら割愛不能なエピソードであることに共感していただけるはずだ。
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