猫の形をした幸福
作者:子手鞠るい/ 原作:/ 86点
■「英語のラブは、日本語の『愛情』から『情』だけがすっぽりと、抜け落ちたものかもしれないね」(本文より引用)
「猫の形をした幸福」はある夫婦と猫のアメリカでの暮らしの話であり、猫好きによる猫好きのための作品といえよう。ただし、本作品の評価は猫好きの中でも真っぷたつに別れると思われる。自分もどんな点数をつけるべきなのか随分迷った。結果的に結構な高得点にした理由については後ほど述べる。
主人公の彩乃と未知男はともに再婚の夫婦である。見合いの結果、電撃的にいや、瞬間的に結婚を決めた。未知男は子供の頃からアメリカに住んでいるため、日本人でありながら、アメリカ人的考え方を持つ男である。彩乃は身体的問題により、子供を作る事ができない。優しい夫はそれに対し、「俺は子供なんか嫌いなんだ。だから二人で猫を飼おう」といい、二人は「マキシモ」という猫を飼い始める事になる。
とにかく作中の猫のしぐさが可愛い。猫を飼っている人にだけ共感の出来るであろう描写、いや「猫写」に読んでいるだけでニヤニヤさせられる。その一方で、最初から物語が悲しい結末を持つ事を匂わす表記が頻出するのが、正直邪魔だった。しかし、読み終わってみると、それには狙いがあったのだなと理解した。
以下、物語の全般的な流れについて触れますので、未読の方は注意。
ネタバレ1
物語はドラマティックには進まない。例えば、上述したような「悲しい結末」を匂わせる表記の頻出にもかかわらず、「猫が急病で」などというような、わかりやすいお涙頂戴物語にはならない。あくまで本作品は猫という家族ともに過ごす人生についての物語なのだ。
以下、完全なネタバレ
ネタバレ2
作中のマキシモは最終的に一般的な寿命の時期に、安らかに永眠する。文中に登場する「不吉な予兆」はあくまでこの最後の別れのことを書いていたのだった。物語を半分ほど読んでこの結末が予想できた頃「あざといな」と感じた。突発的死を匂わせて、寿命という、そういう「仕掛け」がいやらしいなと思ったのだ。しかし今となってはそうではなかった事がわかる。動物を飼う場合、必ずいつか訪れる「死」への覚悟が必要なのだ。作中の彩乃は寿命を迎えた猫を思い返し、その死の運命も含め「猫と言う形の幸福」と名前をつけているのだ。
そして、この幸せの形は猫に限った事ではない。どんな物だって人だって、期間限定の、いつかは無くなってしまう「○○と言う形の幸福」なのだ。
前述の通り、彩乃の夫である未知男は、アメリカ人の感覚をもつ男である。本作品が魅力的になっているのはこの構造による所が大きい。例えば、日本で言う保健所から飼う猫を選ぶ際、彩乃は「救う命を選ぶ」行為に異論を唱える。一方の未知男は家族を選ぶことの大切さを語る。慎重に物事を決めるべきという彩乃に対し、未知男は大切な事は一瞬で決まるという。
この感覚の違いは「ダーリンは外国人」のような魅力を生み出すとともに、本作品の立ち位置をも決めているように思う。動物の死を商品化する作品に嫌悪感を感じる人は少なくないだろうと思う。猫を飼うときにそれがいつか死ぬ事を「認識すべき」という人もいれば「わかっているからこそ、そんなことには触れたくない」という人もいるだろう。そういった違いがあって当然である、という作者の考え方が、この2人の主人公の違いによって表されていたのではないかと思う。
この構造がなければ、自分にとってのこの作品の評価はもう少し低くなったと思う。自分は弱い人間なので、わかっているからこそ、その時が来るまで考えたくない、と思うタイプだからだ。
例えば「子供と妻が溺れていてどちらかしか助けられない。どっちを助ける」というような「究極の選択」ゲームが流行った事があったが、自分の答えは「両方助ける」である。それでもしつこく「いやどっちかって言うルールだって」などと食い下がるものがいれば、「お前の楽しみごときの為に、仮定とはいえ大事な家族の死を想像させられる必要があるのか!」と言い返すタイプである。(....これが臆病なのか、単なるひねくれ者なのかって話は置いといて)
いろいろとネタバレ内に書いたが、結局の所、猫大好きな自分としては猫の生死を作品化する事に対する嫌悪感というのは、普通なら拭い去れない。「そんな事言ったらミステリなんて人の生死を作品化してるじゃん!」という苦情は受け付けない。だって猫だよ!猫。猫は特別なので問答無用。
でもね、それでもこの作品が嫌いじゃない理由は一つ。作者が無類の猫好きであり、彼女が飼っていた猫の事を下地に書いた作品である事を知ってしまったからだ。猫好きが飼い猫を想って書いた文章に批判など出来るはずが無い。
...次は「愛しの猫プリン」「オトコのことは猫に訊け」あたりを読むかな。
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