スター・トレック
監督:J・J・エイブラムス/ 原作:/ 99点
■奇跡的に面白くなってしまった
スター・トレックといえば、今更説明するのも恥ずかしいほど、(SFファンには)有名な、SF物TVドラマの金字塔である。最初のTVドラマ版スター・トレックが公開されたのはなんと1966年。コンピュータ・グラフィクスという言葉すら存在しなかったような時代に、凝りに凝った設定と、人間ドラマ、そこに「異星人」を「異文化」のメタファーとして利用する事による、当時としては珍しいアメリカ人によるアメリカ批判などを交えた作風は、まさに時代を超えていたといえる。
ちなみに、1972年に最初のスペースシャトルが建造された際、その名前はコンスティテューションと名づけられる予定だった。しかし、スター・トレック劇中の宇宙船エンタープライズ号の名前をつけて欲しいという手紙があまりに多数であったため、大統領がそれを採用したというとんでもないエピソードが存在したりする。本作品の影響度の大きさがわかっていただけるのではないだろうか。
本シリーズは、その後も、新スタートレック、ディープスペース9など、何シリーズも繰り返され、SFファンに愛され続けてきた。そう書いているbarista自身も新・スタートレック、通称TNGの大ファンで、DVD全172話セットを10万円近く出して買ったぐらいである。
今回の映画は、そんな超人気シリーズの記念すべき第1シリーズ目の主人公、「ジム・カーク」が船長になるより前の話を取り扱った作品である。作中にはあのMr.スポックやドクター・マッコイなど懐かしい面々が若い姿で登場し、旧作ファンを喜ばせるのだが、一方でスタートレックを殆ど見た事のない人間が見ても非常に楽しい。脚本が非常に優れているのだ。
以下、作品の概要に触れるため注意。
ネタバレ1
物語はカークが産まれる前のシーンから始まる。ロミュラン人の攻撃を受けた際、ジム・カークの父はある宇宙艦の「艦長代理」を任命されるが、その直後、艦長はロミュラン人に殺され、「艦長」となった。彼は乗組員を逃がすため自らは艦に残り、ジム・カークの誕生の報を通信越しに聞くのを最後に、命を落とした。たった12分間だけの艦長であった。
パイク大佐は、能力はあるが、騒ぎばかり起こしていたカークに対し、父の12分間の意味を語り、彼に入隊を勧める。そこで彼が立派な艦長として育つまでを描いたのが本作品である。
以下は核心に触れます。
ネタバレ2
ところが、ここから先が単純には行かない。通常のSF映画なら、父と同じような状況に追い込まれ、自己犠牲を試み、結果自分も助かり英雄に、のような単純な相似構造の物語が待ち受けているはずだが、本作品はそんな方向には進まない。実はここから、ターミネーター構造とバタフライエフェクト構造が登場するのである。
話が進むとわかる事だが、実は物語冒頭のロミュラン人の攻撃は未来のロミュラン人のスポックに対する逆恨みによるものだったのだ。ロミュラン滅亡回避に尽力するも失敗したスポックを逆恨みしたロミュラン人は、たまたま過去にタイムスリップしてしまった事をいい事に、地球人とヴァルカン人(スポックがそうだ)を滅亡させてしまおうとたくらみ、手始めにカークの父の乗った船を攻撃したのだった。
ところで、熱心なトレッキー(スタートレックのファンの事)なら当然の常識だと思うが、スタートレック世界におけるタイムトラベルには必ず平行世界が関連する。これは現代のSF作品においては、タイムパラドックスを起こさないために、常識的に用いられるようになった設定である。
例えば、親の敵を親を殺す前に殺しに行くと親は殺されなくなる。すると親の敵を殺しに言った男の脳に、親を殺された記憶が残っていてはおかしい事になる。記憶が残っていないのだから親の敵を殺しに行くはずはなくなる。と、このように過去を変えることで、無限に未来が変わってしまい、いつまでたっても安定した時間の流れが出来なくなってしまう。これがタイムパラドックスの一例である。
したがって、現代SFでは過去に戻って未来を変えると、そこから結末の違う2つの平行世界が生まれるという設定が多い。さっきの例だと、親の敵を親が殺される前に殺すと、主人公のもともといた世界の親は死んだままだが、新しい平行世界の親は死なずに済む、といった具合だ。
実は今回この設定を採用した事が幾つかの点で非常に上手く作用している。1つは作品が単純に面白くなった事。この構造のおかげで、スタートレック初体験の人にも面白いし、スタートレックの世界観を感じてもらえる。もう1つはファンサービス。この構造をみるだけでファンは心が躍るし、そもそもこのロミュランとの関係は過去のTVシリーズと関連の深いものとなっている。
そして最後の1つが巧妙なのだが、原作の大ファンを失望させないと言う点である。通常、「第1シリーズの主人公の若いころ」のような作品を作ると、どのように描いても「ファンの心の中の主人公の若いころ」と食い違ってしまい、批判の大賞となりがちである。また、映画としての面白さを重視して、原作の設定と矛盾するエピソードを入れようものなら、たちまち槍玉に挙げられる。
しかし、本作品の場合、多元宇宙を採用しているせいで、そのような心配は一切存在しない。作中の人物が語っているとおり、スタートレックTVシリーズで語られた「正史」において、ジム・カークの父はしなないし、かれが艦隊に入った経緯も違うのだ。あくまで今回の映画のカークは、パラレルワールドにおけるカークなのである。この設定のおかげで、熱烈なファンも非常に楽しくこの「IF」物語を楽しむ事ができるようになっているのだ。
なんとも巧妙なと思っていたら、どうもスタッフの妙がこの好結果を生んでいるらしい。脚本家は同シリーズの熱烈なファンであったのに対し、監督のJ.J.エイブラハムは「どちらかというとスターウォーズのほうが好き」と語り、「シリーズを見た事のない人にも楽しめるように」作ったのだと言う。この組み合わせだからこそ、この絶妙なバランスの作品が生まれたのだと思う。
SFにさえ抵抗がなければ誰にでも楽しめる、映像も脚本も音楽も素敵な作品。見るべし。
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