虚空の逆マトリクス Inverse of Void Matrix作者:森 博嗣/ 原作:/ 86点
虚空の逆マトリクスは森博詞による尖った短編集である。元々この人はかなり尖った作品を書くのだが、新しいものほど、実験的にいろんな要素を盛り込む傾向にあると思う。徐々に高くなるハードルについてこられるかどうか、思考のジャンプ力が試される作品と言えよう。 このような短編集というのは、アイデアの安売りとなるため、作者の負担は大きく、読者の喜びは大きい。お買い得なので、お勧めしたい。
【トロイの木馬 Trojan Horse Program】 人生の99%を仮想現実の中ですごすようになった、未来の世界でのミステリ。アリバイも証拠も殺人の意味さえも異なる世界で、主人公は、読者は、犯人にたどり着くことが出来るのか。 のっけからPCの専門用語のオンパレードで一般読者を置いてきぼりにすること請け合い。「すべてがFになる」を「専門用語が多すぎる」と評されたことに対する反発ではないかと疑ってしまうぐらいの勢いだ。冒頭にこんな作品を掲載するものだから、多くの初めて森作品を手に取った読者が、本を棚に戻したことだろう(のこり一部の熱狂者は別だが)。
【赤いドレスのメアリィ Mary is Dressed in Red】 赤いドレスを着た老女の話は、某市に住んでいた人には非常に有名な実話である。自分も子供のころに彼女が座っている姿を頻繁に見かけた。ではなぜ彼女はあそこでずっと座っているのか。我々が様々な憶測をしたのと同様に、森博詞も1つでっち上げてみたようだ。残念ながら作品中の店が実在したのかどうかは不明。あのビルももう建て壊されてしまって存在しない。本当の事は誰にもわからなくなったし、彼女のことを覚えている僕達だっていずれ忘れられていくのだろう。
【不良探偵 Defective in Detective】 とても探偵に向かない探偵のお話。なかなか微妙なラインを攻めた作品である。このパターンは非常に新しいし、解決方法も、それに対する作中人物の評価も面白い。しかし、森博嗣がそういった新しい切り口の適用を目的として本作を書いたのかと言うと、そうでは無いように思う。この読後のなんともいえない悲しさ、寂しさ、美しさこそが目的だったのだろう。グリーン・マイルを思い出した。個人的にお勧め。
【話好きのタクシードライバ That's Enought Talking of Taxi Driver】 うん、途中で直ぐにネタバレはする。それは確かだ。でもね、同じことを自分もやりがちなのだ。非常に。多分、ここの書評を順に読んでいても、そういう箇所は多々あるとおもう。タクシーと異なり無理矢理拘束されるわけではないので、そっと許していただければ幸い。
【ゲームの国(リリおばさんの事件簿1) The Country of Game】 これは単に回文が書きたかっただけでは、って感じの作品。森博嗣にしては珍しくパズラーな感じ。 機転の利く人、回転の早い人には無条件に尊敬を覚えてしまう。年齢を重ねても魅力をなくさないためのヒントはそこにある。
【探偵の弧影 Sound of a Detective】 ハードボイルド的だなぁと思って読んでいたら、なるほど、それが目的でのその視点での語りだったのかという作品。森博詞が結構お気に入りで、最初のシーンで結末がわかったという、某ハリウッド映画を思い出してしまった。オマージュかな?詩的美しさを重視したのか、読者への種明かしの手段に若干不自然さを感じるけれど、良作。
【いつ入れ替わった? An Exchange of Tears for Smiles】 犀川、萌絵の登場する、外伝的短編作品。ゆり椅子型の解決か、珍しいな...と思ったが、犀川はそっちの方が多いか。人気キャラクタの登場は嬉しいが、あまり目の覚めるような作品ではない。多分、ファンサービスだと思う。
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