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攻殻機動隊 S.A.C. episode 1 公安9課 SECTION-9

監督:神山健治/ 原作:士郎正宗/ 85点

Stand Alone Complex episode 1

- a stand alone episode:公安9課 SECTION-9

 

■実にテキパキとした導入

 

ある料亭で外務大臣が芸者ロボットに拘束された。それを救い出す9課のメンバたち。果たして拘束事件の真相は...というあたりが物語の骨子。しかし、この事件の自体は作品の大勢に影響するものではなく、どちらかというと、作品および登場人物の紹介こそがこの第1話の目的である。

 

神山監督自らが脚本・絵コンテまで切った第1話はとにかく効率が良い。30分枠という短い時間で、各メンバの能力や攻殻機動隊の世界観について、非常にテキパキと説明をこなしている。例えば、素子が「サイトー」と声をかけるとサイトーが「映像カーテンは中和したが、木が多く狙撃可能範囲は狭い」と答える。この会話1往復だけで、サイトーのメンバ中の役割が一目瞭然、という具合だ。そのわりにボーマ・パズの扱いが雑だが、S.A.C全編を通してその傾向は変わらないため、まぁ、仕方が無い。

ここで重要なのはトグサである。拘束事件直後の射撃場での素子との会話で、9課のメンバが他は殆ど義体化している事とそれに対しトグサは殆ど生身である事、そして彼が(後に明らかにされるのだが)警官上がりである経験を生かし、推理で活躍する立場である事が示される。この後、第1話ではトグサの心の中が1人称で頻繁に語られる事からも分かるとおり、彼が本作品の狂言回しであるという事を明らかにしているわけだ。この構造は原作と同じであり、我々に近い人間を狂言回しにする事で、物語の理解を助けているのだと思われる。

上記のように非常に効率の良い構造である反面、何度も見直すマニアの視点からするとやや、「らしさ」が足りない作品だったりする。しかし、表面上の事件と実際の目的というミステリ仕立ての脚本は、神山監督らしい深みのあるもの。導入にふさわしく、非常にうまくまとめられているが内容はみっしり。うっかりするとこの1話分のエピソードだけで、1本の映画を撮る監督だっているだろう。

 

第1話はstand alone episodeである事からも分かるとおり、本作品のメインである「笑い男事件」にかかわる話はまだ登場しない。しかし、今後を想像させる様な細かい前フリがところどころに仕込まれている。

例えば、冒頭の犯人拘束時の「お前等警察か。最早体制に正義は成し得ない!」という犯人の台詞に対する素子の返答「世の中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら耳と眼を閉じ口を噤んで孤独に暮らせ」は、The Catcher In The Ryeのホールデンの台詞、「I thought what I'd do was. I'd pretend I was one of those deaf-mutes ....」の改変である。直訳すると「僕は聾唖のフリをして暮らそうかと考えたんだ」ってあたりだ。ライ麦の主人公ホールデンが「くそったれ」達との会話をせずに済む方法として考え出した案である。S.A.C中ではホールデンが「くそったれの世の中に対する、純粋無垢な子供っぽい正義感の象徴として語られており、素子の台詞は「ホールデンと同様に、世の中を変えようとする代わりに、耳をふさいで逃げろ」という意味なわけだ。この構造を象徴するかのように、犯人は後に登場する「笑い男」のキーホルダーをつけている。暇な人は確認していただきたい。

 

ところで、S.A.C中では上記英文を、他の箇所で出た場合にも同様に「僕は耳と目を閉じ、口をつぐんだ人間になろうと考えた」と訳している。しかし、これはかなりの意訳である。原文しか読んだ事が無い為、野崎訳や村上訳がどうなっているのかはしらないが、直訳は上記の通り「聾唖のフリをして暮らそうと考えた」程度で正しいはずだ。ライ麦中のホールデンは、そうすれば誰にも話しかけられないで済む、という消極的な解決策としてその案を語っている。

一方本作品では、のちに登場するように、世界を変えるために自ら世間に関与すべきか否か、と悩む人物の台詞として利用される為、「口をつぐんだ」という意味が追加されているのだと思う。本来のホールデンとは異なり、積極的に世の中にかかわるかどうかが最初から俎上に乗っている前提なわけだ。その改変はどうなのだろうとは思うものの、ライ麦愛読者が義侠心に駆られた暗殺事件を数多く起こしている事から考え、読者の解釈の自然な昇華の形なのだろう。

 

ちなみに本作品中の、とある資料のデータは暗号化され、バーコード印字されている。現実世界でQRコードが普及する前だったせいか、独自の1次元複数行バーコードが採用されていて面白い。この手のSF作品を見る場合、時代と共に答え合わせをするのも、楽しみの一つである。

 

なお、素子がビルから飛び降りるシーンは攻殻機動隊の「アイコン」的な映像であり、本作に限らず、全シリーズどこかで1回は披露される。「蓋を無理に開けようとして素子の腕が千切れかかる」シーンと並び頻出するので、それぞれの演出を比較して楽しむと良いだろう。

 

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