さまよう刃作者:東野圭吾/ 原作:/ 71点
■単なる社会小説...ではない!.....けど
さまよう刃は近年問題視されつつある、少年犯罪を取り扱った作品である。ちょっとした仕掛けはあるものの、いわゆるミステリの色は薄く、人間の心の描写を重視しており、社会小説に近い。そういう社会派の作品が好きかどうかで、本作の評価は大きく割れるだろう。
※以下、概要に触れます。ネタバレに敏感な方はブレーキ。 主人公の長峰は半導体メーカで働く平凡なサラリーマンだ。過去に趣味で射撃をやっていたが、目が悪くなった為、長らく銃には触っていない。早くに妻を亡くし、父と娘の2人家族である。 そんな彼の一人娘である絵摩は、花火の帰り道に行方不明となり、数日後に死体で発見された。悲しみにくれる父親の元に謎の垂れ込み電話が入る。それは犯人の住処を知らせるものであった。長峰が部屋を物色すると、そこには犯行の一部始終を撮影したビデオテープがあった。娘は若い男たちに陵辱を受けた上、無理矢理打たれた麻薬により、死んだのだ。 激怒する長峰のいる部屋に、犯人の1人が返ってきた。長峰は激情に彼を刺殺すると、彼から得た限られた情報から、もう1人の犯人への復讐の旅にでるのだった。
物語が始まって、8ページ目ぐらいを読んでる頃には、この鬱展開が予想できるので、とにかく心が痛い。物語のコンセプトとしては模倣犯に近いのだけれど、こっちの方が痛い。何でだろうと思い返すと、模倣犯は犯人が「いなさそう」なのだ。ピースみたいな奴が本当にいたら怖いけど、実際にはまぁいない。仮にいたとしても、大ニュースになるぐらいには珍しいキャラクタだと思う。一方本作品の犯人たちは、どこにでもいそうなのだ。知り合いの女性が道を歩いていたら、同じような目にあわないとも限らない。そのせいで、身近な現実の事件であるかのように想像してしまい、一気に怖くなってしまうのだ。
本作の魅力は、被害者心理だけに留まらず、警官等の心理も描写している点。先ほど似たコンセプトと述べた「模倣犯」でも被害者家族の心理などは描かれていたけれど、あれは最終的なエクスタシーの為に鬱屈を貯金していただけ。一方こちらは、やりきれない気持ちを「少年犯罪とそれを裁く司法制度」について考えさせる為に使っている。司法のあり方に疑問を持つのは被害者家族だけではない、という事だ。 「司法の手になんか任せられるか!」ってのは、ウォッチマンのロールシャッハと同じで、まぁ、使い古された思想ではあるんだけど、本作の場合、それを身の回りのありそうな事件として、地に足をつけて描く事で、読者に「自分だったらどう思うだろう」と考えさせようとしているわけだ。なので、模倣犯のように犯人が天才で在ってはいけない。作品中で長峰が自虐的に何度もビデオを見たり、別の被害者の親が登場したりってのも、読者に被害者家族と同じ気持ちを味わってもらおうという工夫だと思われる。いや、その工夫が効きすぎでしんどかったけど。
また、「良い・悪い」という概念で動くのではなく、「特に深く考えていない」という、「無関心な若者」像が抜群に怖かった。この感覚は後半に登場するある少女の言動でより一層深くなる。 ただし「最近は若者による犯罪が増えて」などというが、若者による殺人の件数自体は年々減っている。知識層はみんな知っている事だが、ニュースは嘘をついている。詳しくは下記のサイトでも見ていただきたい。 http://kogoroy.tripod.com/hanzai.html
以下、核心に触れる為注意 とまぁ、ネタバレ内に書いたような理由により、作品全体としては悪くないけど、個人的にはちょっと納得できなかった。司法がどうあるべきかという結論を出さずに終わるのは正解だと思うし、彼にあそこまで悩ませたアイデアは面白いが、これだけ読者にストレスを溜めておいて開放してくれないのかよと思った。その点で模倣犯の勝ちだとおもう。
※ちなみに自分は、司法がやたらに厳しい罰を振りかざすのには反対だ。ただし、個人的には身内に何かがあったら犯人を殺せと叫ぶと思う。別に両者は矛盾しない。それが司法と個人のあり方である。相反する点も無ければ、どちらかに暴走してしまうだろう。
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