Digital Fortress
作者:Dan Brawn/ 原作:/ 45点
■エヴァのマギ汚染をシドニィ・シェルダンが書いた感じ
註)これは英語版の「Digital Fortress」を原文で読んだ感想です。邦訳版の「パズル・パレス」を読んだわけではないので、邦訳時の解釈の違いなどには対応できていません。また、根本的に自分の和訳が間違っている可能性があります。ご容赦ください。
Digital Fortressはダヴィンチ・コードで一躍有名となったダン・ブラウンの処女作。邦題はパズル・パレス。売れそうな邦題だが内容には即さないと思う。
先に総括すると、まぁまぁ面白かったけど大味という感じ。あくまでハリウッド映画的で、ミステリとして読んだりしようものなら完全なトンデモ本。リアリティを求めてはいけない。彼の作品はダ・ヴィンチ・コード (和訳版) → Angels and Demons (洋書) → Digital Fortress (洋書)と遡って読んだが、ダヴィンチが一番面白かったように思う。処女作であるDigital Fortressはまだまだ大味だし、薀蓄で塗り固めたにしては調査不足だし(自分がSEである故の評価の可能性はある)、シドニィ・シェルダンの劣化コピー的だと思う。
どのへんにリアリティが足りないかと言うと、技術者が馬鹿すぎるあたりと、そもそもの技術的な設定。この作品はあるデータバンク兼、諜報機関が舞台なのでIT系の話題が頻繁に出るのだが、あまりにも嘘が多いのだ。
以下、派手にネタバレ
ネタバレ1
まずは技術者について。例えば「セキュリティがあと1時間でやられる。国家機密がだだもれになる。シャットダウンには30分かかる。そろそろ限界だ。どうする?」なんて事態になる。彼らは「重要な機関がシステムにアクセスしている。サービスを止めるわけにはいかない」とかいって結局30分限界を超えてしまい、データがだだ漏れになる危険にさらされる。まともなSEなら確実にシステムを止めるだろう。漏れた情報を回収する事は絶対に不可能なので、そっちが優先事項。「この機関に所属する連中とは仕事したくねぇ」と思った。仮に戦略システムなどが止まっても、そのほうがマシである。そもそもシステムが止まったら何も出来ない、なんていう重要機関は存在しない。重要な機関ほど、デジタルが停止した際の最終手段を準備しておくものである。
それから、シャットダウンに30分かかる、とか言っているが、「ネットワーク系のセキュリティがオフになる」というだけなのだから、残り時間ギリギリまでまって駄目なら、LANケーブルを抜けばよい。シャットダウンなんざ不要。どうしても電源が切りたいなら、UPSと本体をつなぐ電源ケーブルを抜けばよい。即座に落ちる。データが一部破損する可能性があるが、いまどきのHDDはそう壊れないし、普通はRAIDなどを組むだろうから気にせず落とせば良い。
それから技術的な面。そもそも、データが消えるかも、とあせるシーンがあるが、データを一箇所に集約など考えられない。重要なものなら必ず地理的に離れた場所にバックアップシステムを作る。そうでないと爆弾一発や地震発生だけでデータを喪失するからだ。多少古い作品と言うところを鑑みても、何十年も前から重要なデータはテープなどの磁気媒体にバックアップするのが普通。あまりにもお粗末なシステムと言わざるを得ない。
それから、データの扱い方にも疑問。そもそもアメリカ中の大事なデータを1箇所に集めるだろうか?いくら暗号化しても、そのデータをネットワーク越しにやり取りするなど危険すぎる。「セキュリティを解除すると一般人がアクセスできる」と言う事は、インターネットにつながっていると言うことで専用線ではない。政府機関がVPNで超重要データをリアルタイムでやり取りしている事になる。無論、データを管理サービスに任せるという思想は近年普通だが、トランザクションデータまですべてリアルタイムで送受信なんて考えられない。送受信の回数を減らすことが一番のセキュリティのはずだ。極端な話、ネットワークにつながっていないデータは人が運ばない限り漏洩しないのだから。ってか、そもそもパフォーマンスがでないだろう。パケットは光の速さを超えられないし、暗号化すればパフォーマンスはCPUにも依存する。高速回線利用で帯域を広げれば、と一般人は言うだろうが、帯域とパケット到達までの速度は意味が違う。高速道路の車線数を無限に増やしても、名古屋-東京間を10分で移動することが無理なのと同じだ。同時に到着する車の台数は増えても、速度は向上しない。多重に暗号化している状態は、料金所だらけの高速道路を想像するとよいだろう。
さらに「ヱヴァか!」と突っ込みたくなるような描写で「ファイアウォールが攻撃されています!占拠まであとxx分!」なんてシーンがあるが、いわゆるファイアウォールというのは、アクセス先・元のIPおよびPortによってパケットを通すか通さないかを判断しているだけなので、ただのテープル情報である。サーバ内部でウィルス的に活動可能なプログラムなら、Administratorの権限を持っているはずで、単にテーブルをクリアして全部OKにするだけなのでナノセカンドの単位で完了するはずだ。unixでファイアウォールを組んだ事のある人ならわかると思うが、占拠に秒数がかかるということ自体考えられない。逆にファイアウォールがサーバ外にあってウィルスがそのAdministrator権限のパスワードを知らないなら、パスワードを全パターン試さないとテーブルのクリアにたどり着けない。作中の暗号複合用スーパーマシンTRANSLUTERが壊れた後の話だから、1日やそこらではまったく占拠できないだろう。ファイアウォールに対する「xxx%まで占拠!残りxx分」なんて描写はアニメだから格好いいのであって、小説でやられると萎えるのだ。
というか、そもそも書き換えられないようにROMで構成しとけば?と思う。書き換え不能なタイプのハードウェアで制御すればソフトからはクラックできない。人間の手で差し替えない限り。
それから、技術系とは関係がないけど、「なんでそこでTankadoの最後のビデオが唐突に出てくるの!」なんていうご都合主義はもはやギャグ。教会で主人公が他人を犠牲にして生き延びるシーンも興ざめ。あんなことしたらどう考えたって巻き添えになるだろうに。
ネタバレ内に散々な事を書いたが、デジタルに疎い人には全く気にならないだろう。雰囲気で楽しめれば良いのであれば、全く問題はない。ミステリの多くが科学的調査を利用していないのと同じで、深く考えずに楽しく読む分には平均的な出来だと思う。
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