ネジ式ザゼツキー作者:島田荘司/ 原作:/ 65点
■キャラ萌え厳禁の本格ミステリ
困ったことが起こった。面白いのである。子供の頃読みすぎてミステリに食傷し、長期にわたりミステリ離れをし、社会人になってから、いわゆる「新本格」の鬼才、森博嗣の作品に傾倒した評者としては「本格」にこれ程感銘を受ける予定はなかったのだが。
この作品に登場する探偵(と言っても本業は精神科医だが)の御手洗は、典型的な安楽椅子型の探偵である。物語はほとんどある患者との診察のシーンだけで構成される。したがって読者が探偵の人間性や家族構成、生い立ちなどを知る機会はまったく与えられない。病院がどこにあって、部屋がどんな構造なのかもまったくわからない。感情移入を行なうような余地はまったく残されていないのである。 登場人物の口調の個性もさほど強調されていない。しばしば誰の台詞なのか混同するほどである。作者は日本人であるにもかかわらず、翻訳小説を読んでいるかのような気分になる。 しかし、それらは本作品の欠点を意味するものではない。余分な描写を削り取り、効率よく開示されていく手掛かりに対し、御手洗は手際よく新事実を明らかし、そして劇中の2つの世界は見事に融合する。うっかりすると「大風が吹くと桶屋が儲かる」構造になりがちな、安楽椅子型のストーリィにおいて、展開中の論理を中断し忘却に導くような、情景描写など蛇足なのであろう。
SFの大家、星新一が「SF」だけを描き、人物の名前すら描かなかったように、筆者は「ミステリ」だけを切り取って描いている。「あぁ、これが本格と言うものか」と初めてフランスでフランス料理を食べたような感銘を受けた。
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