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封印再度

作者:森 博嗣/ 原作:/ 90点
封印再度

封印再度

価格:820円(税込、送料別)

S&Mシリーズの第5弾となる作品。本来このシリーズは4作で完結となる予定であったが、それを覆しての5作目である。しかし惰性によるマンネリ化を予測した読者は気持ち良く裏切られる。

 

言葉は概念を抽象化したものである。したがって言葉とそれが象徴する概念は本質的に1対1に対応しない。対応する概念をそれぞれが頭の中に定義しており、理解してもらえるに違いないと仮定して口から発する、或いは文字にあらわす物、それが言葉である。したがって言葉は誤解されやすい物である。同じ色紙を二人で眺め「これは赤いね」と確認しあったところで脳内に同じ赤い色紙が結像されている保障などどこにも無いように。

一方で誤解の余地の無い言葉には価値がない。精密に物事を分類すれば、おおよそこの世に同一のオブジェクトは存在しない為、多様性を許容しうる、曖昧な代表である事こそが、言葉の持つ本来の価値だからだ。

 

ミステリー小説における叙述トリックは、誤解されやすい言葉の性質を利用し、丁度気持ち良く誤解できる言葉を選び出す事によって実現する。本作品において森氏は各登場人物の台詞を効果的に様々な目的に利用する。それが物語の謎や、矛盾や、余談や、エッセイ的笑いをも生み出している。

犀川創平がミステリーの十戒について読者に語りかけているのに気づいただろうか。また、巧妙な言葉のトリックによって難しくなりがちな謎にヒントを出すように、同じ理屈を別の形で提示してみせる全体のストーリー構成も見事である。再読するとその文章の構造に、ミステリーの内容以上に感心させられるはずだ。本当はもっと詳細にべた褒めしたいのだが、ネタばれになるので書けない。既にこの文書でもネタばれが過ぎると反省している。お許し頂きたい。

 

森博嗣は「布石」を打つのが上手い。作品中にはその作品の為の物、シリーズ全体の為の物、様々な布石がさり気なく埋め込まれている。囲碁における布石とは結果を予測して戦略的に配置する物ではない。流れを読んで哲学的に配置するのだ。出版済みの森氏の作品を全て読んでみるとこの布石がどれほど大局に効いているか理解できるはずだ。さわりは「100人の森博嗣」に解説されているので一読を推奨する。