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残像に口紅を

作者:筒井康隆/ 原作:/ 92点
残像に口紅を

残像に口紅を

価格:780円(税込、送料別)

「あ」が使えなくなると、「愛」も「あなた」も消えてしまった。

 

背表紙の煽りだけでゾクリとさせられる本作品は、しかしながら感傷的な文学作品等ではない。本作品は筒井康隆による、超越した新鋭さをもった実験小説である。

本作品は作中の小説家が書いた作品ということになっている。と説明すると、「なんだ、シャーロックホームズにおけるワトソンと同じか」と思われそうだが、そういう意味ではない。作中の主人公は自分が現実であると同時に作中のフィクションであることも知っており、自分で自分をの行動を描写し、演出している。例えば、「移動が面倒だから端折ろう」と主人公が考えると、一気に目的地に到着できたりする。しかし、同時に登場人物の視点から見れば現実でもあるため、超能力者になったりするわけではない。あくまで作者が主人公について描写する際の、常識的な演出の枠を外れない範囲での自由である。(ややこしい)

 

ここまでの説明ですでに読者の70%を置き去りにした気がするが、実はまだこの物語の主軸には欠片ほども触れていない。この作品のメインは「文字が一文字ずつ消えていく」物語である事なのだ。例えば、第一章にて世界から「あ」がなくなる。すると、作中の人物である主人公には「あ」が存在したことすら認識できなくなり、同時に「あ」がないと認識できないものは全て消えてしまう。世界からは蟻も小豆もアメリカもなくなってしまうのだ。

実際に挑戦してみるとわかるが、文字を限定して文章を書くことは非常に難しい。しかし、作中の作者はその状況を、面白がったり悲しんだりしながら、巧みな言語力で切り抜ける。章によって試みることの方向性が異なるためばらつきはあるが、氏はなんと半分ぐらいの文字が消えてしまってもそれなりに自然な物語を紡いでしまう。例えば、「あ」が無くなればアメリカではなく「米国」と呼称すれば良い。しかし作中の人物がそれを「アメリカ」としか認識できなかった場合、アメリカは存在ごと消えてしまうのだ。

 

その思い付きの素晴らしさや、驚異的言語能力を楽しむだけでなく、中盤以降は氏のお得意のスラップスティックも十分に楽しむことができ、お買い得感の有る作品である。単なるジョークとして読むか、文学的挑戦として読むか、人によって評価が分かれるだろう。

正直な所、万人受けするかといわれると全くしないだろう。しかし、頑張って読む価値は十二分に有る。日本の作家のレベルの高さを実感したい貴方に100点。一般人に60点。お勧めしたいので個人的えこひいきにより92点とする。苦情は受け付けるからまずは読んで!

 

 

 

ちなみに、幽遊白書の終盤、「使える文字が消える」という部屋で戦うシーンがあったが、あれは明らかに本作のオマージュだと思われる。別作品「レベルE」の主人公が「筒井雪隆」だったりするあたりからみてもわかるとおり、明らかに作者の冨樫氏は筒井ファンだと思われる。