鈍獣
監督:細野ひで晃/ 原作:宮藤官九郎/ 90点
どこにでも鈍い奴というのはいるもので、嫌われたり疎まれたり、馬鹿にされていても当の本人は全然気づいていなかったりする。得てしてそういう奴はからかいの対象になってしまうわけだが、鈍い原因が能力の低さによる物でない限り、その鈍さを欠点とは決め付け難い。
例えば、苦味に対する感覚が鈍い人ほど野菜を美味しく食べることができる。キャベツの苦味は遺伝的に感じられる人と全く感じない人に分かれるというから、感度の問題ですらない。当然、後者のほうが幸せにキャベツを食べることができる。味に限らず、「つらさ」に鈍感であることはある種の才能と呼べることもある。
本作品はそんな才能をバリバリ発揮する、極端に鈍い男の物語だ。あまりに鈍かったので、自分の事をからかったり苛めたりしていた連中を親友だと思っていたぐらいだ。それだけではなく彼は身体的にも極端に鈍い。それも感覚が鈍いだけではなく、殆ど不死身のともいえるほどの肉体を持っている。
そんな主人公「凸っち」を演じる浅野忠信の演技がすごい。イチなどで見せた死ぬほど恐ろしいヤクザ役とは別人。愚鈍で幼い無邪気な大人という不思議な役を完璧に演じきっている。
本作品の脚本は凄い。クドカン映画=ナンセンス系という公式をはずすことなく、本作もトンデモ映像、トンデモ設定満載なのだが、それを忘れるぐらいに脚本がよくできている。雑誌編集者が、作中作「鈍獣」の作者である凸川を探し、みんなに凸っちのエピソードを聞くという形で展開する物語は、ミステリとしての側面を持っており、穏やかに進むにもかかわらず、目を話すことができない。小説を一気読みしているような気分になった。
以下、多少のネタバレあり。
ネタバレ1
さて、物語は終盤、おもいもよらない展開を見せる。作者凸川の正体について、視聴者は予想を2〜3度裏切られることになるだろう。そしてラストシーンの彼の台詞。彼はそれを覚えていたのだ。だとしたら、彼のこれまでの行動は本当に彼の愚鈍さによるものだったのだろうか?愚鈍な人間にあんなことができるだろうか?
そこで視聴者は気づかされる。自分の周りの、鈍そうに見えるいつも笑っている彼は、本当に鈍いのだろうか?やさしさが笑顔を強制しているだけで、心の中はズタズタなのではないだろうかと。
今回の批評を書いてから公式サイトの予告編を見て驚いた。最後のコピーはこうだった。「鈍いって愛かも」 どうやら自分の見方は間違っていなかったらしい。
そんなわけで、素晴らしい脚本と浅野忠信の怪演が光るこの作品。邦画に偏見のない人には90点。クドカン好きには100点。一般映画好きにも80点ってところか。「パコ」もよかったけど、こっちのほうが好きかも。
追記:
少年時代の回想シーンはアニメで表現されるのだが、その映像がやたら綺麗。なんか鉄コン筋クリートみたいだなぁ、と思ってたら、本当に4℃が作っていた。本当にいい仕事するなぁ。
さらに追記。
以下完全なネタバレ
ネタバレ2
感想を書いてからwebを検索してみたら、ここ(http://www.cinemaonline.jp/review/ken/7899.html)とかみたいに、脚本の意味すらわからずに低い評価をつけている人があまりも多い。ちょっとがっかりだ。引用してみよう。
「---デコヤンは江田と岡本の良心の痛みが具現化したものだろう。最後に江田がデコヤンのことをウルフと呼ぶことで、やっとデコヤンはトラウマを取り除き、成仏できたはず。」
この評価は明らかにおかしい。物語の内容を以下に整理してみよう。
・作家凸川=デコやんの前提で話が進む
・ハチに刺された等のエピソードを覚えていない→「作家凸≠デコやん説」の前フリ
・「殺せない=幽霊=目の前にいるのは西の凸川でデコやんじゃない説」発生
・線路に放置して殺そうとする前に、第三の乳首が無ければ西の凸川だ、というのを確認してみる→ところが第三の乳首を発見!やっぱり(東の)デコやんだった!!
・ウルフと呼んでくれと自分で言う=やはり「凸川ににてるからデコやん」と呼ばれるのがいやだった東のデコやんが小説家凸川の正体だった。
って事で2転3転の結果、小説家凸川=東のデコやんであることがわかったはずなのに、お金をもらって批評を書いてそうな人が成仏云々と書いている。それも、ウルフと呼ばれたことで満足してとか書いている。ウルフと呼ばれたがってたのは東のデコやん、死んだのは西の凸川だってば。辻褄が合ってないよ。それにそもそも二人が作り出した幻影だとしたら、作家凸川は誰よ。編集者のお姉さんが一時期付き合ってたことからもわかるとおり、生きた作家凸川は存在しているわけで。
本作品の魅力は、線路上での「ごめん、書いた」でわかるとおり、彼は鈍くて覚えてない、鈍くてわかってなかったのではなく、実はいじめられているのをわかっていても仲良くしたかった、という部分にあるのに。殆どの人がクドカン映画の世界観や映像や表面上の演出の面白さにしか触れておらず、脚本の凄さに気づいていない。
結局のところ、映画の評価は視聴者の理解力と映画のわかりやすさに左右されがちなのだなぁと思った次第。でもこれ以上わかりやすくしちゃったら、この映画の芸術性は失われてしまうと思うのだ。
| | 鈍獣 価格:1,470円(税込、送料別) |
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