攻殻機動隊 S.A.C. episode 18 暗殺の二重奏 LOST HERITAGE
監督:神山健治/ 原作:士郎正宗/ 72点
攻殻機動隊 Stand Alone Complex episode 18
- standalone episode:暗殺の二重奏 LOST HERITAGE
「暗殺の二重奏」も引き続きstand aloneエピソードである。例によって本エピソードは一連の笑い男事件とは一切関係がない。しかし今回の事件の「原因」は、物語全般で取り扱う生命のボーダーや、最終話での会話にも関係するような、かなり特異なものである。
外務次官に対する暗殺予告が届いた。護衛任務を承った9課だが、荒巻は昔の同僚である辻崎の7回忌に出席するため、バトーに指揮を任せ、一時的に現場を離れた。
7回忌への出席後現場を離れようとする荒巻に、辻崎の娘であるサオリが奇妙な相談を持ちかけた。それは弟が最近突然父にそっくりになったという物だった。子供が父親に似てくるのは当然と切り捨てる荒巻だったが、それは見た目云々という話ではなかった、行動パターンもさることながら、会話中に口にする一人称や二人称まで、例えば姉のことを「サオリ」と呼ぶといった具合に、突然父にそっくりになってしまったというのだ。
夜通し父の蔵書を読みふけっていたり、これまで興味を持たなかったニューズサイトに頻繁にアクセスするようになったり、正体不明の荷物が届いたり、見知らぬ誰かと頻繁に電話したりと、その行動の変貌ぶりはちょっと異常なレベルだった。相談を受けた荒巻もその異常さは感じたものの、個人的感情で組織を動かすわけには行かず、前作に引き続き「調査はできない」と彼女の調査依頼を断る。そして、辻崎は親友ではなく戦友だという台詞を残し、現場を立ち去るのだった。
以下、ネタバレありきで解説します。結論をズバズバ書くのでまだ作品を見ていない人は読んじゃダメです。
ネタバレ1
さて、どんな鈍感な視聴者だって気づいたと思うが、当然のように、弟こと辻崎ユウこそが今回の暗殺予告の犯人である。もうこの展開だと他に話の持って行きようは無い。ではなんでそんな分かりやすい物語にしたのかというと、それは今回の物語がフーダニット(Who done it?)ではなくホワイダニット(Why done it?)をテーマとした脚本だからだ。
辻崎ユウがおかしくなったのは、父である辻崎英雄が残したPCを受け取った日からである。彼は小さな頃から、父の端末を欲しがっていた。父は彼が一人前になったらそれを譲ってやると言っていたのだが、その約束を護るため、到着日を指定で郵送されるよう手配してあったらしく、ユウが16歳になった誕生日に、端末が届けられたのだ。
しかし送られてきたのは空っぽの端末ではなく、そこには父辻崎英雄の記憶が保存されていた。彼は息子に「沖縄で起きた真実」を伝えたかったのだ。と言われても、何のことだかわからないと思うので、簡単に説明しておこう。攻殻機動隊の世界は、第三次世界大戦的なものが終わった後という設定になっている。そこでの仮想敵国は中国である。僕は別段中国に何の悪い感情も持っていないが、国の規模等々を考えると、現代社会においてはなかなかリアリズムに富んだ設定であるといえよう。で、どうやら、その戦争中の事件として沖縄で「一般人は知らないような何か」があったらしい(当シリーズもしくは2nd GIGSで語られていたかもしれないけれど、記憶に残ってません。もし見つけたら後日追記します)。
で、父である英雄はその真実を息子に知らせたいと考えていただけであり、息子ユウはそれを手っ取り早く「読む」為に、自らの電脳にコピーしたらしいのだが、その結果、2人の記憶は混同し、人格が融合してしまったのだ。
今回の物語で見せたかったものの1つは「端末の中に留まった記憶が、人格足り得た例」である。荒巻と会話する、ユウの体を借りた英雄の記憶は、英雄としての独立した人格を持ち得ている。これは本シリーズ全体のテーマに関係する事例である。
ネタバレ2
「ネットに留まる記憶が人格足りうることができるのか」というテーマについては、後日、笑い男と草薙素子との間でかわされる会話に登場する。実はここで前例が挙げられていたのだ。
もう1つはあるものの残した記憶が、他の個体に融合して、新たな人格として再構成されうるという事実である。注目していただきたいのは、荒巻と英雄の以下の台詞である。
以下、引用====
辻崎「沖縄を巡る真実だ。それを後世に語り継いで行って貰いたいだけだ。だが俺はそれを知る事で、母さんの死の真相を知り、そしてそこからは復讐心しか生まれて来なかった。私にとってそれは誤算だった。私は暗殺等遂行しようとも思わなかった。だけど私には俺の復讐心をもう止められないんだ。」
荒巻「この後に及んで復讐か。お前らしくないぞ。」
辻崎「私もそう思うよ。今の私は辻崎英雄でもあり、辻崎ユウでもある。溶け合っていく記憶が意思に伝わり、私の考えで俺が動く。或いはその逆か。もしかしたら全てが終わったら私は俺でもない全く別の自分になってしまうのかもな。」
====引用ここまで
沖縄でどれほど酷いことが行われたかは知っていた辻崎英雄だったが、彼自身はそれを復讐と結びつけようとはしなかった。ただ、そういった史実を後世に伝えたいと考えたのみだった。しかし、息子の精神はその記憶を復讐に結びつけてしまった。彼らは2人の人格が同居している状態のようでもあり、また、2人が融合した新たな人格として再構成されたようにも思える。
実際この物語のラストに誕生したのは、達成感によってそれ以上の過激な行動を抑止された、誰の人格だか分からない、辻崎英雄/ユウという新たな生命体である。
以下、シリーズ全体に関するネタバレ。
ネタバレ3
実はこの構造は、今回の笑い男事件の全貌に対する前フリとなっている。笑い男事件は、誰かの強い意志によって書かれた、ネット上の1津の書き込みを見つけた、アオイが、その思想に影響されて起こした行動、さらにはその行動原理に影響された大多数の模倣者達の行動によって生み出された、「現象」こそが正体である。実は本作品で既にそういう現象が起こりうるという前フリは済まされていたのだ。
ちなみに、記憶が融合すれば人格が融合するというこの構造自体は、攻殻シリーズにはよく登場するモチーフである。一番有名なのは映画版第一作目であるが、ネタバレになるので詳細はそちらのレビューを見て欲しい。
ってなわけで、ネタバレ内に書いたように、本作品はstand aloneエピソードってことになっているのだが、実際には本シリーズ全体のテーマとも言える現象の予習ができるようになっている話なのだ。正直物語としては地味な刑事ドラマ的でやや退屈だが、シリーズ全体を捉えるためにはやはり欠くことの出来ないストーリーなのである。
ちなみにタイトルのlost heritageとは、直訳すると失われた遺産という意味。それはきっと二度無くした親友のことを指すのだろう。
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